私が毎日新聞社に入社したのは半世紀まえの1970年4月でした。そのころ私は、早稲田大学近くに下宿していました。下宿は女人禁制で、2階が大家さん、下が学生たちの住まいでした。そこに私は学生結婚の妻と住んでいました。二人の郷里・福井県から彼女が出てきてしまったので急遽の新居でした。隣室は革マルの集会所らしく、連日襲撃計画などが謀議されている様子でした。

 

 そこに、毎日新聞の人事課長が視察にやって來る、との連絡があつたのです。大家さんと面会するとも書いてあります。会社には既婚で届け出をしていました。「就職もしてないのに結婚しているの」と揶揄する面接者に「毎日は結婚していたら食わしていけない給料なのか」と反撃したのでした。

 

 切羽詰まった私は、正直に正面作戦に出ることにしました。2階に上がつて、おばあちゃんと会い。全てを話して許しを乞いました。「ええ、知っていましたよ。無断の女の人がいるのは。そう奥さんだったのね」。そして褒められました、「さすが早稲田の学生さんね。新聞社に合格したのね。任せなさい」。居住禁止の女性が正式な妻だったことに一番感心してくれたようでした。

 

 そしてやつ来た人事課長。出会った私に開口一番言いました。「周りの話などどうでもいいんだ。本人次第。大家さんに会ったのも形だけ。実は調査に来ているんだ。入社式だというのに牢屋にいる奴が時にいるもんでね」。後で警視庁担当になった時、その下宿が要所の一軒であるのを知りました。人事課長は全てお見通しだったのでしょう。

 

 人情豊かな嵐の時代。半世紀前の入社を巡る思い出です。