能登の被災地に雪が降っているそうです。今日(2024・2・3)は節分、明日は立春だというのに。しかし、冬に雪が降るのは当たり前。なかでも17歳、高校2年生のころ遭遇した「三八(さんぱち)豪雪」はすごかった。

 

 私の故郷は、能登のある石川県の隣、福井県です。その時は降り方が異常でした。1963年(昭和38年=さんぱち)の1月末だったと思います。一晩で2メートル近くも雪が降りました。

 

 すでに降ろした雪がたまっていて、積雪は2階の窓を越していました。朝8時ごろ、高校に行くために、2階の窓から這い出て、何とか道に下りました。そこから300メートルほど、雪に足をとられながら、国道8号線に出ました。国道も同じ状況。人が踏み固めた50センチ幅ほどのデコボコ雪道を、みんな黙々と歩きました。

 

 約13キロ離れた福井県立藤島高校に着いたのは14:00頃だったように記憶しています。しかし「学校が休校になる」とは全く思いませんでした。案の定、学校は開いていました。しかし、出勤できない先生が多く、自習の連続でしたが。数学の授業で先生が言われました。「越前藩校の当時から質実剛健が伝統の我が校が こんな雪ぐらいで休むわけがない」と。

 

 翌年春、大学進学のため、東京に出る車窓から見える風景が、あまりに軽やかなのに驚きました。例えば、雪に耐えなくていいから、家の造りも軽やかです。「風土」というものを痛感しました。それから半世紀。「質実剛健」の気概はどこへ行ったのでしょうか。