年間第一位
名もなき詩 Mr.Children
「名もなき詩」(なもなきうた)は、Mr.Childrenの10枚目のシングル。1996年2月5日に発売。前作から約6ヵ月ぶりに発売されたシングル。オリコンチャートでの初動売上約120.8万枚は2011年に「Everyday、カチューシャ」(AKB48) が上回るまでは歴代最高記録で、オリコン史上初めて初動売上のみで100万枚を突破したシングルでもある(現在は歴代6位)。本作は月曜日の発売だったため店によっては流通の関係上前週の金曜日から販売されているところもあったが、全て発売週の売上として集計された。Mr.Childrenのシングルでは「Tomorrow never knows」に次いで2番目に高い売上を記録、CHAGE and ASKA以来2組目となるシングル2作目の200万枚突破を達成するとともに史上3組目となる2度目のシングル年間1位を獲得した。ジャケットは桜井の舌に「NO NAME」と書かれているもので、このジャケットを友人に見せたところ「もうインディーズじゃないんだから」と笑い飛ばされたという。フジテレビ系ドラマ『ピュア』主題歌で、Mr.Childrenが月9ドラマ主題歌を担当するのは今回が初となった。 また、発売から7年後の2003年にエリエールのCMソング(新垣結衣出演)としても起用された。 ミリオンセラーとなったシングル曲では「innocent world」「終わりなき旅」などとともにライブで演奏される回数が多い曲で、ライブでは1番のサビを観客に歌わせる演出が行われることがある。なお、「Mr.Children TOUR 2011 "SENSE"」では2番のサビを歌わせた。 Mr.ChildrenではPVが制作されていない数少ないシングル曲であるため、テレビ番組では独自の映像やライブ映像を流すことで対応している。 歌詞に発売当時は放送問題用語だった「ノータリン」が含まれているため、トイズファクトリーは放送局に市販とは異なる当該箇所の歌詞を差し替えた曲を収めた「PR-275」という品番のCDを作成・配布して放送に対応した。当該の歌詞は「言葉では足りん」と替えられているが、1996年4月5日放送の「ミュージックステーション」で披露した際に桜井は歌詞テロップを無視して「ノータリン」と歌っている。
DEPARTURES globe
「DEPARTURES」(デパーチャーズ)は、globeの4枚目のシングル。1996年1月1日に発売された。globeのシングル作品では現時点で最大のヒットとなっている。1996年度オリコン年間シングルランキング2位、歴代シングルランキングでも15位となるほどの売上を記録した。CMで用いられたサビの部分のみのバージョンにおいてはキーが高くなっている。アルバム「globe」には、冒頭部のサビをカットし、歌詞を長くしたバージョンが収録されているが、本作に収録されているEXTENDED MIXとは若干異なる。JR東日本「JR Ski Ski」CMソング。
LA・LA・LA LOVE SONG 久保田利伸 with NAOMI CAMPBELL
『LA・LA・LA LOVE SONG』(ラ・ラ・ラ・ラヴソング)は、1996年5月13日に発売された久保田利伸 with NAOMI CAMPBELLのシングル。久保田利伸 with ナオミ・キャンベル名義でリリース。ナオミ・キャンベルとのコラボレーションに至った経緯には、ニューヨーク在住中の久保田が、偶然ナオミと同じマンションに住んでおり、そのエレベーター内で対面し、後に意気投合したことから実現している。フジテレビ系テレビドラマ『ロングバケーション』主題歌となり大ヒット。自身初の月9主題歌となり、自身初のオリコンシングルチャート1位、またミリオンセラーも達成した。発売した週から計5週に亘ってB'z、サザンオールスターズ、V6、安室奈美恵らによって1位を奪われており、6週目でようやく1位となった。1996年年間チャートでは先に述べた4組の作品をいずれも上回っている。フジテレビ系ドラマ『ロングバケーション』主題歌。間奏などのコーラスとしてナオミ・キャンベルが参加しているが、歌唱部分は久保田のみによるものであり、サビのコーラスも久保田本人による1人多重ボーカルである。一部の音楽番組では、通常より半音低いキーで歌われた。
空も飛べるはず スピッツ
「空も飛べるはず」(そらもとべるはず)は、スピッツの通算8作目のシングル。1994年4月25日に発売。ドラマ主題歌(後述の『白線流し』とは別)の依頼を受け、草野がシナリオを読んで2~3日で書き下ろした曲。結果的に主題歌候補からは外れたものの、シングルとして発売された。レコーディング当時は、前年にアルバム『Crispy!』を担当した笹路正徳プロデューサーとのスケジュールが合わず、代わりに土方隆行がプロデュースを務め、同時期に次のシングルとなる「青い車」もレコーディングされた。5thアルバム『空の飛び方』のレコーディングから笹路が復帰し、彼の監修の下アルバムバージョンを制作。ボーカルテイクを再録した上でリミックスされた。1994年の発売当初はオリコン最高28位だったが、1996年1月からフジテレビのテレビドラマ『白線流し』の主題歌として起用されたことで同一品番で新たにプレスされる。その影響からチャートを上昇し、スピッツのシングル初のオリコン1位を獲得、ミリオンセラーとなる(なお、ドラマで使用されたのはアルバムバージョン)。またオリコン史上、ミリオン達成までの期間が長いシングルで史上3位という記録も持つ(1位は山下達郎の「クリスマス・イブ」、2位は中島みゆきの「地上の星/ヘッドライト・テールライト」)。
I'm proud 華原朋美
I'm proud(アイム・プラウド)は、華原朋美の1996年3月6日発売の3作目のシングル。前作「I BELIEVE」に続いて、2作連続でミリオンヒットとなり、華原朋美最大のヒット曲となった。
TBC(東京ビューティセンター)「the レディエステティック」のCMソング。自身も当時のプロデューサー・小室哲哉と共に出演し、“恋より綺麗になれるもの”のキャッチコピーにシンデレラストーリー仕立てのCMが話題を呼んだ。製作にあたって小室が描いたイメージは「風と共に去りぬ」。小室曰く、数多くの小室作品の中でも5本の指に入る力作。当初、サビフレーズの歌詞「いちごの様に」の果物の部分は“りんご”であったが、華原本人の希望で“いちご”に変更された。レコーディングや、ジャケット・PVの撮影はL.A.で行われた。ジャケットはハンティントンビーチ (カリフォルニア州)で撮影。ジャケット撮影時、高熱でダウン寸前だったが、根気で乗り切ったと本人談。PVは、倉庫街ビル屋上(ヘリコプターを使っての大掛かりなシーン)とスタジオで撮影され、小室も共に出演。PVとメイキングが収められたシングル・ビデオは、同年3月27日に発売された。導入部のサビの後の四つ打ちキック音とその後のベース音はTMNのアルバム『CLASSIX』の「Human System -Cafe De Paris Mix-」と同じものである。発売週に出演したMステでは、サビ歌詞を間違えて“ラララ~♪”で歌い、現在もSPの総集編などでよく使われるハプニングシーンとなった。またこの曲での2回目出演時のトークで、吉野家の牛丼が大好きで“並・玉・つゆだく”で食べていると公言したことから、吉野家に女性客が急増し、“つゆだく”という用語も広く一般に浸透した。記録的なビッグ・セールスとなった1stアルバム『LOVE BRACE』では、シングルの[Radio Edit]ではカットされたラストのサビを更に盛り上げる歌詞とメロディーが加わった、全編の[full version]で収録された。華原の大ファンであった深田恭子が、ホリプロタレントスカウトキャラバンオーディションでこの曲を歌い、見事グランプリを獲得し、芸能界入りを果たした話は有名である。同年のオリコン年間シングルチャートでは、安室奈美恵の「Don't wanna cry」や「Chase the Chance」を抑えて、女性ソロ部門では最大のヒット曲となった。この曲で、大晦日のNHK紅白歌合戦(第47回NHK紅白歌合戦)に初出場。小室がピアノで参加した。浜崎あゆみが、2004年10月のMステSPで、浜崎自身が選ぶ思い出に残るラブソングとして「I'm proud」を挙げていた。自身がデビュー10周年を迎えた2005年には、「I BELIEVE 2004」のリメイクに続き、シングル「涙の続き」のカップリングに「I'm proud 2005」を収録した。冒頭のサビを終えた直後の間奏からAメロにかけて、J.S.バッハ以前の時代に使われていた教会旋法の中からドリア旋法を用いて描かれており、敢えて現代の調性に合わないように見せかけたのち、Bメロで日本のヨナ抜き音階を取りこんでいるなど、高校までの音楽の授業で習うような理論の範疇を超えて作曲されており、手腕の高さが伺える。登場6週目でミリオンセラーを達成。オリコン・年間カラオケリクエスト回数 1位。「第38回日本レコード大賞」優秀作品賞。
Chase the Chance 安室奈美恵
「Chase the Chance」(チェイス・ザ・チャンス)は、安室奈美恵の単独名義では4枚目のシングル。1995年12月4日にリリース。前作「Body Feels EXIT」から約1ヶ月とハイペースでのリリースとなった。日本テレビ土曜ドラマ「ザ・シェフ」(同年10月8日~12月16日・全9話)の主題歌。自身初のドラマ主題歌となった。元・dosのKABAによる振付。この曲まで、バックダンサーとしてSUPER MONKEY'S(現・MAX)が参加していた。自身初のオリコンシングルチャート1位を獲得した。オリコンでは、自身初のシングルのミリオンセラーを達成(出荷ベースでは2枚目)。また、大晦日のNHK紅白歌合戦(第46回NHK紅白歌合戦)にも初出場した(当時18歳)。
累計出荷枚数は155万枚。HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP・パーフェクトランキング(96/01/15・#052) 1位。
アジアの純真 PUFFY
「アジアの純真」(アジアのじゅんしん)は、PUFFYのデビューシングル。1996年5月13日発売。キリンビバレッジ・「天然育ち」CMソング(本人達も出演)。デビュー作にして出世作となった。オリコンカラオケチャートで12週連続1位を記録。1997年には、この曲をそれぞれ作詞、作曲した井上陽水、奥田民生は井上陽水奥田民生名義でセルフカバーしている(アルバム『ショッピング』に収録)。この曲にタイトルをつけるにあたって井上は当時気に入っていたタモリ作詞の『中国歌謡「熊猫深山」』より「熊猫深山」にしようとしたが、女性歌手のデビュー曲につけるタイトルではないと反対され「アジアの純真」になったという。また、最後の歌詞を「ただ、ナンマイダ」にしようとしたと後に井上が語っている。なお、歌詞にベルリン・ダブリン・リベリア・バラライカ・ラザニアが出てくるが、ベルリンはドイツの、ダブリンはアイルランドの首都で、リベリアはアフリカにある国であり、バラライカはロシアの楽器、ラザニアはイタリアのパスタ料理(イタリア料理)であるので、ロシアの一部がアジアに含まれることを除けば、これらはアジアに無関係である。PUFFYが米国で「Puffy Ami Yumi」として活躍する際、キャラ・ジョーンズによる英語詞が付けられ、「True Asia」という題名で発表された。第38回日本レコード大賞・最優秀新人賞/優秀作品賞。
これが私の生きる道 PUFFY
「これが私の生きる道」(これがわたしのいきるみち)は、PUFFYの2枚目のシングル。1996年10月7日発売。デビュー作「アジアの純真」がロングヒットする中で発売された2ndシングル。前作から引き続き奥田民生がプロデュースを担当。本作以降も関わることとなる。前作は井上陽水との共作であったが、本作は奥田の単独製作となる。タイトルは植木等・ハナ肇とクレージーキャッツの「これが男の生きる道」のパロディ。資生堂『ティセラ』CMソングとなりヒット。タイトルに含まれる漢字を繋げると、「私生道(しせいどう)」となり、タイアップ元の資生堂の当て字になるという遊びが取り入れられている。発売週のオリコンシングルチャートでは、グループ初の同チャート1位を獲得。その後3週連続で1位を独占する。本作含め以降3作連続でシングルチャート1位を獲得する。2008年11月現在Puffy最大のヒット曲であり、2作連続でミリオンセラーを記録した。累計売上は161万枚。また翌1997年春開催の、選抜高等学校野球大会入場行進曲としても採用された。ステレオ録音が当たり前のように行われている現代音楽としては珍しく、モノラル録音で製作された楽曲。後に各種アルバムに収録されるに当たっても、表記はステレオ録音ながら実際には当時のモノラル音源のままであった(事実上モノステレオ収録)。また、NHK『百歳バンザイ!』(広島局制作)のテーマ曲としても使用されている。作者である奥田が敬愛するビートルズへのオマージュとして、「デイ・トリッパー」のギターリフに似たフレーズを間奏に入れたのをはじめとし、全編を通して初期のビートルズを思わせるサウンドで仕上げられている。
そばかす JUDY AND MARY
「そばかす」は、JUDY AND MARYの9枚目のシングル。1996年2月19日に発売された。フジテレビ系アニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」の初代オープニングテーマとして使われ120万枚のヒット。バンド初のオリコンシングルチャート1位を獲得。また、解散に至るまで唯一のオリコン1位獲得シングルであり、唯一のミリオンセラーシングルであった。3日で曲を書けと言われて作った曲。曲のテーマは「キャンディ・キャンディ」。YUKI曰く、「凄く力んで新しい歌い方に挑戦した曲」らしい。
マイ フレンド ZARD
「マイ フレンド」は、ZARDの1996年1月8日発売の17枚目のシングル。人気アニメ『SLAM DUNK』第4期エンディングテーマとなった。このアニメで使用される場合、曲がかなり修正をされてしまうことが多いが、この曲は最後の歌詞だけ2番の歌詞を使っているだけでそれ以外の変更点はない。売り上げは前作を倍近く上回り初登場1位を獲得し、ZARDのシングル作品で最高の初動売上を記録した。ミリオンセラーはチャートイン最終週の21週目で記録(オリコン調べ)。これは「負けないで」「揺れる想い」に継ぐ自身3番目の売り上げ。ZARD最大のロングセラーともなったと同時に、最後のミリオンシングルである。シングル発売日は1996年1月8日だったが、実際には1995年の年末にはCDショップに入荷されていた。2007年8月19日の日本テレビ系『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』では、「負けないで」、「揺れる想い」と共に坂井泉水の追悼コーナーで女性出演者によって歌われた。なお、CDの表面での表記はMY FRIENDになっているが、歌詞の題名と背の部分、および公式サイトでの表記はカタカナ表記である。ジャケット写真、およびプロモーションビデオの一部の映像はイギリスの首都、ロンドンでの撮影だった。この際の別テイクの写真が『ZARD BEST ~Request Memorial~』のジャケット写真として採用された。今までラブソング続きだったものから打って変わって応援歌。制作が、「負けないで」と同じ作曲と編曲であった。PVでは坂井泉水がスタジオで歌っており、『NO.』で一度だけフルバージョンが放送されたことがあった。