小学校
というワードに意識が向いてきてしまう最近。
小1、、、
心配すぎる。
なにを隠そう、私自身が
学童と学校大っきらい&小1の3学期から不登校で大泣きしながら引きずられながら登校してたこどもだったのでね
あのときの感情はわりと今でも覚えている。
教壇の中で授業中、先生やみんなの足を見ながら過ごした日もあったし(なんでその状況になったかは覚えてないけど、とりあえず席に着けないならここに居ときなさい的な?)
運動会を見に来たおばあちゃんに、運動会も嫌すぎて保健室みたいなところにいたら「〇〇ちゃんは、なんでみんなと同じようにできないの?」と
ほんっとーーーに悲しそうな顔で言われり(祖母は小学校教員)
どんなに泣いても引きずって連れて行く両親。
不思議そうな顔してチラチラ見てくるお友達。
下駄箱に捕まって毎朝泣きながら必死の抵抗。
家でお母さんが誰かに電話してる、、、?と思い聞いていると涙ながらに私が学校にいけないことを相談していたり。
頑張って学校行って、なんとか帰ってきても両親仕事、兄は学童で誰もいない家。
家が一軒家の3階建てだったので
留守番中、3階のバルコニーから身を乗り出してよく下を見ていた。
漠然と、「もし飛び降りたら、どうなるかな?」って考えてたけど今思えばただの自殺願望
体感的には専業主婦が6割、共働き4割くらいの時代だったのかな?
小1の壁、なんて言葉もまだ無くて
親も必死だったのは今ならわかる。
学童行ってくれないと困る。お兄ちゃんは学童も学校も楽しく通えてるのになんで?って。
学校が嫌だったのは、人が多すぎて毎日緊張してたから?というのもあったような気がするけど、学童に関しては、単純に合わない子がいて。
単独いじめに合ってた。
集団じゃなくて、その子からだけ殴られたりつねられたり。
保育園も一緒の子で保育園では問題なかったから親も聞く耳持たず。
(その子の母親はシングルマザーで他人からみてもバリキャリの教育ママ。今思えばその子もまた色々とストレスがあったんだろうな、、、)
まぁとにかく、小1は苦い思い出しかなくて
小2から、渋々学校に行くようになったけど、
親に何も悩みとか相談しない、とっても育てやすく自立した子が完成しました
そんなこんなで私のトラウマもあり←
息子が小1になるタイミングで、一旦仕事辞めようかなーと思ってます。
ちょうど3歳差で、娘も年少になる年なので
娘も保育園から幼稚園に切り替えられるかな、と。
娘を見ていて、本当に賢いな〜と思うので(親バカもある)
お勉強系の幼稚園に行けば色々と伸びたりするかな、、、?と勝手に目論んでおります
とりあえず、のびのび系も含めて周辺幼稚園をゆるゆると調べてます。
園庭開放とかも、連れて行ってみようかな。
私自身が保育園だったから幼稚園のことがほんとに分かんない。
文科省と厚労省で結構変わるのか??レベル←
でも来年3歳だから年少かと思ったら再来年なんだな
4月生まれだと分からなくなるね
もう2歳なったけど、まだ実質1歳クラスだから、色々と動くには早いのかな??