利益や名声を求めてはいけないと法華経には書いてあるそうです。
立正佼成会では、心の安らぎに至る心理の道を教えていると江戸川教会で聞きました。
私は長いこと心に安らぎはありませんでした。
奴隷だった頃、自宅?に縛られ、いつも何かに怯えていました。ご主人様からの命令を忠実に実行したつもりでも、ご主人様から日常的に叱られていました。
職場も面白くなかったのですが、心の中は落ち着いていました。
私は名声など求めることと無縁でしたが、落ち着いた解放される一瞬をいつも、欲しいと思っていました。
元嫁は何をしても、親から誉められていました。
このことが私のストレスになっていたことは確かなことです。
信じてもらえないでしょうが、役場という安定し、社会的信用の高い職場を放棄すれば、私は落ち着くことができると、打算したのです。
奴隷という言葉が国語の辞書と違う意味で使われることもあるようですが、元々の意味の奴隷が日本国内にも実在すること、それを伝えたかったのです。