羽鳥さん(74歳・男性)。くも膜下出血により高次脳機能障害を抱えてしまった、比較的若い利用者さんのお話です。

 

 

 高次脳機能障害ってなんだか名前も難しいし、あまり馴染みもないかもしれませんが、脳梗塞や事故の外傷などにより脳がダメージを受けることで起きてしまう障害です。

 認知症と似たような症状も多く、素人目に判別は難しいですが、アルツハイマーなどの認知症と違って、進行することはないと言われています。

 

 高次脳機能障害は、運動能力もあり感覚も正常なのに、行うべき行為を行えなかったり、言葉を理解したり話したりできなくなってしまうような症状があります。

 認知症でも様々な不思議な現象が起きますが、高次脳機能障害で起きる現象もかなり不思議。

 例えば“半側空間無視”ってご存じですか?見えてるのに、脳が勝手に物の左半分を無視しちゃったりするんですよ。ご飯を食べても、お茶碗の左半分だけきれいに残してしまったり。でも本人は全部食べているつもり。でも目は悪くないから見えてるんですよ! 

 

 いや、脳って、神秘ですよね……。

 

 

 話が逸れましたが、羽鳥さん。半側空間無視のような不思議症状はないものの、“失行”“失語”がひどく、全てのことに介助が必要な状態です。

 

 この方の移乗が、まぁ難しい。くも膜下出血を起こされてから日が浅い為、まだまだ筋力は残っています。だから運動能力的には、充分にご自身で立つことも歩くこともできるはずなのですが、なにしろこちらの指示がなかなか通りません。

 

ニコニコ 「さぁ立ちましょう!」

おじいちゃん 『……。』

 

ニコニコ 「座りますよ!」

おじいちゃん 『……。』

 

 はっきりと意識は覚醒しているし、耳は悪くない為しっかりとこちらの声は届いています。時折こちらの顔も見てくれます。しかし全く発語はない為、ただただボーっとされている感じ。

 待っていても埒が明かないため、やむなく体を支えて全介助に近い形で立たせようとするのですが、これが本当に難しくて。

 

 “体を他人に動かされるのは怖い”という感覚はきちんとあるらしく、反発してしまうのです。

 

 先日【介護の基本は移乗にあり】に記載した通り、例えば立つ動作には、まず足を後ろに引く動作と頭を前傾する動作が必要になります。それを我々スタッフが行おうとしても、足を前に出して踏ん張り、頭を前傾させようとしたら後ろにのけぞってしまう……。

 

 そしてなんとかうまく腰が上がった!と思ったら、今度はなにせ筋力がある為、ぴょこんと元気に立ち上がりすぎてしまう。

 立ち上がったら、羽鳥さん、大きいんですよ。身長の低い私には覆いかぶさるような形になってしまい、今度はふらつく羽鳥さんが倒れないよう支えるのに一苦労です。

 筋力はあると言っても退院したてで弱っていますし、ふらつきはひどいので、私が必死に支えなければ2人共転倒です。

 

 意識がない全介助の方を移乗する方が、どれだけ簡単か……。

 

 しかし、大変だろうが、こればかりは私たちの努力や薬の力ですぐにどうこうできる症状ではないため、なんとかやっていくしかありません。いつか少しでも回復されることを祈りつつ、今ある能力=筋力を極力低下させないように頑張るのみです。

 

 

 

 ただひとつ不思議なのですが……。

 羽鳥さん、ご飯だけは、ほとんど問題もなく食べられるのですよねぇ。歯磨きもトイレも着替えも、他のことはなにひとつご自身ではできていないのに。食事だけ、介助不要…。

 

 やっぱり不思議。そしてなんか、モヤモヤしますもやもや