本業の特養に、人一倍、仕事熱心な職員がいた。
共感力が高く、利用者からの信頼も厚い。
ピアノでフランスに留学した経験もあるという彼女。
音楽を通して高齢者の気持ちに寄り添いたい、という揺るがない目標を持っていた。
施設では「音楽療法士」というポジションを確立し、日々活動していた。
しかし、そのポジションに仲間はいない。
苦悩を分かち合える相手もいないし、何をするにも一人。
音楽療法だから、彼女に任せておけばいい。
そんな空気で、現場から丸投げされる。
見えない評価。
高い志に見合わない低い待遇。
そんな彼女が、退職願を出した。
そりゃそーだ。
顔を合わせると声をかけていたが、返ってくるのは、ほぼ愚痴だった。
それだけ溜まっていたのだろう。
退職を決めたという噂を聞いた後、たまたま彼女に会った。
声をかけると、
「私しかいないのに、退職を決めたから利用者が泣いちゃって。心苦しい」
と、眉尻を下げて言った。
そんな彼女が退職して、もうすぐ2ヶ月になる。
今、施設は普段通りだ。
そんな人いた?と言わんばかりに。
誰も彼女を探さない。
少なくとも私が見る限り、彼女に会えなくて泣いている利用者もいない。
結局、そーなんだよな。
辞めたって、現場は回る。
何もなかったかのように。
「私しかいない」は、本人が背負っているほど、組織には重くない。
これを読んでいる皆さん。
もし仕事を辞めたいと思っていて、「自分がいなくなったら」と踏みとどまっているなら、そこは心配しなくていい。
あなたが辞めた後も、現場は勝手に続いていく。
残った人たちは、残った人たちの日常に戻る。
あなたも、私も、組織の駒でしかない。
どれだけ思い入れがあっても、組織にとっては退職者が一人増えるだけ。
それまでの話。
