「かいごさぶらい上巻の続き、下巻。
2006/3/2(木) 午前 9:40
某月某日 私が、唯一、母の介護でどうにもできず、ただただ、神に祈る時がある。また、それは、このブログでも、表現が難しく、詳しくは書けないのだ。
それは、母の持病である慢性気管支炎の発作が起きたときである。発作は殆どが、就寝後1~3時間くらいに起きることが多い。この日の夜も。
「どうしたん、お袋ちゃん、苦しいんかー?!」発作を起こした母の元へ駆けつけた。
「にいちゃ~ん、くるしぃねん、なんでぇ、こんな、なるのぅ、たすけてぇ!」
「しっかりしぃや!大丈夫やからな~、薬飲んだし、大丈夫やでぇ」(励ますことくらいしか出来ないのだ)。この日は午前零時を回って直ぐに、母が咳き込み始め、苦しさを私に、訴えた。
また、ある日は。
「げぼげぼ、ぐっほん、ぐっふぉん、、、。くるしいぃ~、くるしいぃ~」真夜中に突然、母が咳き込み、苦しみ始めた。腰の痛さも忘れ、母は、衣装ケースにつかまり、立ち上がって、そこらじゅうにツバを吐き出していた。顔を真っ赤にして。
最近、一番激しかったのは、午後11時~午前2時過ぎ頃まで、繰り返し繰り返し、続いた発作であった。私は、ただただ、母の背中をさするだけで、結局、何も出来なかった。
「大丈夫、大丈夫、僕が助けるから、なぁ、もうちょっとやでぇ、大丈夫やでぇ」と、お題目のように、母に言葉をかけるだけだ。
「くるしいぃ、くるしいぃ~、たすけてぇ~、たすけてくれへんのん!」母は、声がかすれて、喉の奥からかぼそく、絞り出すように、訴える。
母が発作を起こす都度、私の頭のなかでは「救急車、呼ばなあかんのんちゃうか」とする、葛藤を繰り返しているのだ。この発作から、母を何とか解放してやりたい。認知症であるが故に、何とかしてあげたいのだ。)
ト書き:「共有する」と言うが、認知症と発作の苦しみ、母は、これを抱えて、闘い続けたが、私は、できたかどうか、未だに、分らないのだ。
