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「かいごさぶらい」上巻はこちらです。



    第八章(最終章) 「介護してる、は不遜」、その(9



     「こっちばっかりみてー!、なにやー!、あっちいけー!」不遜、その(9)


2006/12/19(火) 午後 4:57
某月某日 今年一番の冷え込みが襲ってきた。で、当然のことながら、体力を消耗している母の機嫌は、悪化の一途。デイから帰ってきた母の様子は。


「なにがやー!、なんで、こんなことするねん!」リビングの座椅子に座らせると。


「は~い、おやつ食べようか?」


「たべれるかーっ!、なんやー!」と、おやつの器を片手で押しやる。


「うん、、、」私は、機嫌が直るまで、様子見しながら、夕食の支度に。


「はい、おまっとうさん、ご飯できたよう、食べような~」


「はーっ!、どこにあんねん!、ないんじゃー!」たとえ、目の前にあっても、母の興味が湧かない限り「物」など、無いのだ。


「此処に、あるやん、なあ、熱いうちに、僕も食べるから、一緒に、食べよう、な~」


「いらん!、しらんわー!」


「うん、、、」この対処方法が、一番難しく、私は未だに会得出来ない。(何年やってんねん、我ながら情けないわ)と、つい思い、言葉に詰まるのだ。


「ものもいわんのかー、あほかー!」そんな、私の心中を母は見事に看破する。


「美味しいで、食べてみ~」決まり文句でしか、対応出来ない。


「しらん!」と、母(そんな、言葉聞き飽きた、てな顔をしている)。


「うん、、、」二の句が告げない時、母の表情を窺うクセがついた。


「なに!、みとんねん、べーっ、あほー」(母のほうが、私の対処法を知っている)。


「晩御飯食べな、なあ、元気で~へんよう」


「なにが!、げんきでーへんじゃー、げんきやわーっ!」見事に切り返す母。(数々の修羅場をくぐり抜けてきた母と私では、勝負にならないのだ)。


「んん、、、」


「こっちばっかりみてー!、なにやー!、あっちいけー!」(おまえなんか、相手にならん、と言われたようなものだ)。


「んん、、、」(悪い頭が空回り)。あれこれ、母に喋りかけ話題を出したが。


「しらん!そんな、はなし!」と、切り捨てられるばかりだ。


「今日、寒かったしな~、学校で何んかあったんかな~、分からん」この日、母のご機嫌は、寝床につくまで、ついに、直らなかった。



PS:「体育会系と先輩(美人は菌でつくられる:の著者)」

 母の介護にかまけて、この十数年、仕事もそうだが、一部(古部道関係)を除いて、殆どの社会的交際や付き合いをサボってきた。いや、ほったらかした。で、当然乍「え~加減な奴や」となった。

 状差しから、一枚のハガキが。

「あっ!、大学の先輩のハガキや~」リタイアして、これからは、のんびり、好きなことをやりたい、との内容であった。

「こんなん、来てたんか~」ご返事もだしてない。神戸で開催された、ポートピア博覧会の某団体の陣頭指揮を、先輩が行っていた時、取材で随分お世話になったのだ。以来、仕事で、20年以上も、面倒を見ていただいた。

「先輩は、頭のできが違うからな~」神戸大学で、医学博士を収得。何年か前、朝日新聞の天声人語で、先輩の本が紹介されていて、驚いた記憶がある。

「美人は菌でつくられる (集英社新書) 」とする、タイトルの本だ。淡路島に微生物関係の研究所を建て、所長をやっていたことは、知っていた。

12歳で、古武道に入門、学生時代は、サッカー、ワンゲルを歩み、今でも、古流剣術をやっている。ハガキの文面に。

「○○さん、あんたも、そろそろ、リタイアしたらどうですか」の件が。そのハガキに向かって。

「体育会系に、リタイアは、ありませんねん」呟いた。