危機感は、体験によるものだなぁと、最近のウィルス報道を見てると、切実に感じる。

ことさらに怯える必要はない、などと言う意見があるけど、怯えないための対処法は手洗いをしろ!くらいしか併記しない。

「俺は絶対移らないから、マスクはしない!」などと、強気な発言をする人間は、それがカッコいいと感じるようだ。

若いから大丈夫だなどと言ってる人は、親や高齢者、または自分の未来についての想像力がないのだろう。

移る怖さより、移してしまう怖さの方が、ずっと上回るのに。


オレもそうだったから、わかる。



…親父が他界してからの二年間は、子供時代よりも、会話が増えてたんじゃないかな?(そんな気分になるくらいに、一緒にいる時は、いろいろ話してたかな)


とは言え、日常はルーティーンとなり、予兆すら、慣れていった。

仕事から帰ってからの食事は、徐々に遅い時間になり、母ちゃんを寝かせてからは、オレの時間とばかり、行きつけの居酒屋に向かう毎日。

飲み仲間との会話は、日常と非日常の世界の架け橋みたいなもんで、ロックな自分にも酔ってたんだろな。


…そして、その日はやってきた。


明け方近くまで呑んで、家に帰る。

そのまんまベッドに…で、爆睡。


その頃は、いわゆる狭小住宅に住んでいた。
縦長の3階+地下スタジオ付き。
なんて書くと、凄そうだが、一階に一部屋のメゾネットみたいなもん。

で、ふと昼前だったか、2階に上がると母ちゃんがいない。
いつもなら、テレビを見てる時間だ。

すると、かすかにオレを呼ぶ声が聞こえる。

寝床は3階なので、上がってみると、布団に横たわっていた。

が、その雰囲気は明らかに通常とは違ってた。

声をかける。

意識はある。

会話もできる。

が、体の自由がきかない感じだ。

前にも、そんなことがあって、しばらく横になっていたら、回復したことが数回あったので、布団周りを整理しつつ、様子を見ることにした。


失敗だった。

(今ならわかる。

14年も前のことだけど、思い出すと怖い。

全部が…。

後悔しかない。ずっとずっと、、。)


しばらくして、様子を見に行くと、全く回復なんかしてない。

ヤバい‼️

救急車を呼ぶ。

初めて呼ぶ。


どのくらいのレベルなら、救急車を呼んでいいのか、いつも考えてしまい、タクシーで病院に連れて行ったこともあったが、今回は明らかにヤバい。

あとから救急隊員の方に、「異変があれば、遠慮なく呼んでくださいね。」と言われて、それでいいんだ!と、初めて知る。


救急車が来るまでの間に、細い階段に積まれた生活道具などを、一気に片付ける。

3階から運び出す導線を作るためだけど、なんと物持ちがいいんだ!と思うほど、細々と物が溢れてる。


救急車到着。


3階へ誘導して、まるで螺旋階段のような感覚で下まで。

救急車に乗りこみ、急性期の脳神経外科へ。


診断は、脳梗塞。左半身麻痺。
一回目とは逆で、言語には問題ないが、運動機能に障害が出るという。

瞬間的に、絶対麻痺を治す!と考えてた。

(今なら、脳出血じゃなくて、助かった!と思うのかな?)


入院の手続きをして、母ちゃんに声をかけて、着替えなどを取りに帰らなきゃ。


不安しかない、介護ロッカーのスタートだ。

                                                     …つづく