自分が入院したときは、若かったせいもあって、とにかく早く退院することだけ考えてたなぁ。
だから、足の悪い母ちゃんがお見舞いに来たときは、「来なくていいのに!」と、少し怒り気味に帰したものだった。
逆の立場になると、とにかく早く退院させたいと思い、毎日様子を見ることをルーティンにしてた。
兄弟のいないオレは、母ちゃんだけが身内だから、とにかく復活することだけを願ってた。
ボイトレ仕事が、一日中入る時は、もちろん面会には行けない。
すると…
12月25日 日曜日
12時過ぎに来た。
少し朦朧としてる。
体調変わらず。
24日(来れなかったから)が寂しかったみたい。
外出して、家に戻ったと言ってる。
夢見てたんだねネ。
話してる間に理解(してくれた)。
食事はバナナを1本ペロリ。
オレがいないと食欲は出ない。
13:30には疲れてネムネムモードに。
一旦帰るよ。
17:50に来た。20:00歯磨きしておやすみ。また明日。
12月26日 月曜日
11:45、少ししっかり手を握るスピードと力がアップ!
良くなってるね!
食事もいい感じ。
お通じも、スッキリ。
ご飯と果物(梨)は完食!
カフェ・オ・レが好きになってる。
13:30一度帰宅。
介護認定の申し込みに行った。
支援はいろいろあるよ。
19:30「もうちょっと起きてる。」って言ってたけど、やっぱり疲れてネムネム。
夜になると、今いる場所がわからなくなるときがあるみたい。
But、「今わかったよ!ここの病室だね」だって。
記憶が行ったり来たり。オシメを取り替えてもらって寝ましょ。
※介護認定は、早めに申請しないと、回復期リハビリテーションに移ることも、国の援助を頼むことも、全てが後手後手になってしまう。
普通の会社員だったら、誰かに頼むしかなかったろうなぁ。
幸い自営だからできたんだろうけど。
毎日見舞いに行く理由は、もちろん心配なことは言うまでもないけど、言葉を交わすことが急性期には非常に大切だと思ったから。
(親父の最後の一週間で経験済み。)
実際、一日来ないと、手足の動きや、会話、思考などが、元に戻ってしまう。
また、会話をするにも、オレが話すのではなく、なるべく母ちゃんに話させるようにすることが大事。
たとえ妄想のような話しでも、けっして否定したりしない。
根気よく聞いてあげれば、覚醒の糸口が見つかる。
(※軽度の認知症のような場合にも有効だと思う。叔母も、オレと会話してるときは普通に戻ってた。)
ボイトレのプロとしては、なるべく太い声で話すこと。キンキンした声では、拒絶され、ますます悪化する可能性がある。
ちなみに、歌や会話は、嚥下(えんげ)、つまり飲み込みを良くする効果があるから、誤嚥(性肺炎)などの予防にもなる。
などと考えながら、マッサージなど、やれることはなんでもやるぜ豆知識!満載で毎日通った急性期。
あとしばらくは、日記引用が続きますが、次はリハビリ開始について…かな。
…つづく