今日は訪問医師の日だった。


先生が見えたので、じいさまに「見えましたよ」と声をかけたら


じいさま・・・「誰が?」 忘れていたようです。


じいさまの診療の前に先生に無呼吸症候群かも?!しれませんとお話をしたところ


すぐに検査の手配をしてくれて、今日の夕方 検査の会社の方が見えます。


結果は週明けにもわかるようです。


昨日の夜、じいさまの呼吸が気になり、何度か止まっていたので


旦那さまを起こし、でも旦那さまは 寝息するぞと言って寝てしまい見てもくれず


あなたの父親でしょ?と言葉が出たけれど、また言い合いになりそうだったので


こらえて・・・・・。


もう少し、態度で行動で示してくれればいいのに


言葉で言うのは簡単な事。でも態度で表さないのは(行動しないのは)


ただの口先だけ。感謝の言葉なんかいらないから、もっとちゃんと看てほしいと思う。


最近、旦那さまの事がわからなくなる。


冷たい人なのか、やさしい人なのか。


はっきりわかっていることは、私に甘えてること。


なんでも私に頼ってくる。すべて私がしきっている。


旦那さまいわく、自分が口をだしても いつも私が文句を言うそう・・・・。


言いたくもなりますともよ~どこかやる事がずれてるんですよね・・・・。


私がやった方が早いし、いちいち頼むことが嫌で やってしまってた


だから私も悪いんですけどね・・・・・。


この先、この人と一緒にやっていけるのか、いつもどこかで考えてて


先日、亡くなられた南田洋子さんが以前 長門裕之さんのことを


この人、私がいなくなったら どうなるんだろうって思って別れられなかったというのを


見て・・・・


そうなんです。私も同じなんです。


この人私がいなくなったらどうなるんだろう?


私が~してあげないと


私が~私が・・・という思いで、旦那さまのそばを離れる事はできなかったけれど


ずっと一緒にいる自信がなくなってきています。


介護離婚


責任感が人よりも強い私、じいさまが生きてる間はできないでしょう。


じいさまが亡くなった後、私たち夫婦はどうなるでしょうか・・・・。


旦那さまはじいさまが亡くなったら、私への罪悪感も消え


人が変わったように 強気になるでしょう。


私はきっとそんな旦那さまにはついていけず、離れていく


そんな気がします。

昼から、じいさま激痛のよう・・・・


朝薬は飲んだものの、効かないみたい。


脊髄からの痛みからだろう・・・・。


呼ばれて部屋に行くと、布団がああだこうだ何か言っている


言っている意味が理解できず???


じいさま・・・・人の話をちゃんと聞けと怒り気味。


言ってる事が理解できないのですが???


布団がずり落ちないように考えてといわれても


先生を呼ぶ?と聞いても


先生が来たって痛みはとれんわって言うばかり


だったら・・・かわいそうだけど


我慢してくださいよ


八つ当たりしないでよ。じいさま


今日は、同居にいたった経由を書こうと思う。


旦那さまと結婚した時には、もうじいさまはリウマチを発症させて


何度か入退院を繰り返していた。


同居になるきっかけを作ったのは、病院の看護婦長さん。


一人暮らしをしていたじいさま、住まいは2階で当時はまだ自転車にも乗っていた。


婦長さんが、このまま退院させるわけにはいきません。


今後 入所施設か 一緒に暮らされるか 考えてくださいといわれた。


旦那さまは同居を望んだ。


新居は田舎で、部屋数も少なく なにより エレベータのないマンションの3階だったので


新居での同居は無理だった。


同居するのなら一軒家がよかったが、旦那さまの給料では買えるはずもなく


私の実家に近い所に分譲マンションを買った。


マンションでの同居は予想よりもつらかった・・・。何をしていてもじいさまの存在がそばにある。


とても苦痛だった。


同居して何度かじいさまは危篤の手前の状態になった。


心筋梗塞をおこしたり、関節の手術で菌がはいり、感染症を起こし 何度も人口関節を入れたり


抜いたりをして1年近く骨がない状態でいたので、人口関節が入っても歩けなくなった。


今年の夏には急性腎不全をおこし、透析になるかもしれないとも言われたが


すべて乗り越えてきた。


とても生命力が強い方だと思う。


医師は先が短いと言ったが、私はそうは思わない。


風邪もひかず、くさった温泉たまごを食べてもおなか一つ壊さなかったじいさま


まだまだ長生きしそうです。ちなみに同居して10年と半年です^^;