介護ブログを初めて・・・まだ間もないのに・・・。
義父が他界しました。
2月11日午前0時40分。
急変でした。
2月8日には次の転院先の家族面談を受けて、ベットが開き次第
転院と決まったその日に・・・・
先生から呼ばれ、腹水がたまっています。
水を抜きたいのですが、血液の数値がよくないので輸血になるので
承諾をもらいたいと。
話を聞くとやはり2週間ほど前から、血液の数値が戻らず
原因がわからなかったそう。
よくもそんな状態で転院の話がしてきたかと思うと病院に対して
ケースワーカさんに対して怒りが芽生えました。
けれど、先生は水さえ抜いてしまえば大丈夫ですって。
危険性はないのですか?という問いかけに
0%ではないです、でも危険性は高くないですのこと・・・・。
なのに・・・なのに・・・・翌日には呼吸がみだれICUに。
午前に電話があった時には、すぐに来られなくてもいいですよって。
なのに・・・・
午後に行った時には・・・もう意識もまだらで
先生からの話は80%だめでしょうって。
私たち夫婦はどうして?なぜ?の繰り返し・・・・。
ICUの呼吸が苦しい中で、義父は私の事を見て一言
「ありがとう・・・」
最後の言葉でした。
翌日には自発呼吸ができなくなり、意識も戻らず
10日の夜11時すぎに病院に呼ばれた時には・・・・
もう瞳孔も開いて、亡くなっている状態
気管挿管をしていたので、ただ機械に生かされている状態でした。
それも1時間もたたないうちに・・・・亡くなりました。
病院さえ、違う病院に入院させていたら義父はまだ生きられたのではないだろうか?
ただ手術も処置もできないので、近い病院にしたばっかりに・・・・。
悔しくてたまりません。
亡くなった時に、義父がなぜ急変したのか、なぜ薬が効かなかったのか?
病理解剖をしたいと言われました。
私たちもなぜ義父が亡くなったのか知りたかったのでお願いしました。
結果は、肺に水がたまって呼吸が苦しくなっていたこと
腎臓の機能が衰え、水分を体の中においておけなくて腹水として
たまっていったこと。
その腹水によって、腸の中の緑膿菌が全身に回り、最後の一押しを
したそう・・・・。
血液に関しては、組織が破壊されて、自力で血液を作る細胞がなかったこと。
悪い事が重なってしまったそうです。
すべて・・長年患っていた 関節リウマチです。
30年。手足も変形し、亡くなる数カ月間は、激痛に苦しんでいました。
救いなのは・・・入院してからはステロイドのパルス療法していたので
リウマチの痛みはなかったこと・・・・。
義父の一番の願いは、痛みをとる事。だったので。
私は一生後悔し、義父に対して懺悔をいい続ける事が
供養だと思っています。
ありがとうと言ってくれた義父さん。
私はごめんねが言えなかった。
至らない嫁で本当にごめんね。
今度生まれ変わったら、健康で幸せになってほしいです。