### はじめに

能登半島地震から2年経過した今も、被災地では物理的な復旧作業が続き、多くの住民が生活再建に苦闘しています。SNSでは「復興は進んでいる」という声と、「心の傷が癒えない」「まだ十分ではない」という声が対立しています。

そんな中、ケアマネジャー(介護支援専門員)を自称するXアカウント@blance_neige7(雪乃氏)は、地震以降、能登関連の投稿を非常に多く発信。インフラ整備、公費解体、仮設住宅の進捗を強調し、「他の災害と比べて遜色ない」「見捨てられていない」と繰り返し主張しています。

しかし、この一連の発信を冷静に見つめると、被災者の「心の復興」に対する無理解・無配慮があまりにも顕著です。ケアマネを標榜しながら、なぜここまで精神面を軽視できるのか? そのギャップは、単なる「視点の偏り」ではなく、福祉職としての資質を疑わざるを得ないレベルに達しています。

### 雪乃氏の発信の本質:ハード面擁護と外部批判のループ

彼女のポストを時系列で追うと、以下の傾向が極めて強く、一貫しています:

- インフラ・制度面の「事実」だけを過度に持ち上げ

  「公費解体ほぼ完了」「仮設住宅入居順調」「熊本地震より早い」など、ハード面の進捗を繰り返し強調。

- 外部の声(著名人・メディア)を徹底的に攻撃
  山本太郎氏、ラサール石井氏、久住昌之氏などを「断片的」「一方的」「デマ」「政治利用」「失礼」と非難。批判する人を「能登ウヨ」と呼ぶ側を「無神経」と逆批判するなど、攻撃の連鎖がエスカレート。

- 「心の負担」という言葉の極端な偏り 
  確かに「一方的な『見捨てられている』主張が被災者の心の負担になる」という表現は複数回登場します。しかし、これは「自分の主張する『復興進捗』を否定されることによる二次的ストレス」を指すに過ぎません。  
  地震そのものによる一次的な喪失感、トラウマ、PTSDリスク、故郷喪失の虚無感、コミュニティ崩壊による絶望など、被災者の本質的な心の傷に対しては、ほぼ一切触れていないのです。

つまり、雪乃氏にとって「被災者の心」とは、「復興が進んでいるという事実を素直に受け入れないと傷つくもの」でしかなく、震災そのものがもたらした深い精神的ダメージは、ほぼ視界にすら入っていないように見えます。これは、単なる「視点の偏り」ではなく、極めて一方的な、自己中心的な解釈です。

### ケアマネジャーとして許容できないレベルの欠落

ケアマネジャーは、介護保険法や厚生労働省の指針で明確に「心身の状況を総合的に考慮」「精神的・社会的側面を含む支援」が義務づけられた職種です。特に災害時においては:

- メンタルヘルスの悪化(うつ、不安、孤立感)が深刻化しやすい
- 心理的支援・傾聴・専門機関へのつなぎが重要な役割
- 内閣府ガイドラインでも「こころのケア」が復興の柱の一つ

これらを公に標榜しながら、被災者全体の心の傷にほとんど寄り添わず、むしろ「復興否定派が心を傷つけている」と外部攻撃に全エネルギーを注ぐ姿勢は、ケアマネとしての職業倫理に著しく反すると言わざるを得ません。

現場で高齢者・障がい者のメンタルに日々向き合っているはずの人が、大規模災害で最も傷ついている「心」をここまで無視できるのは、驚くべきことです。むしろ、「心の負担」という言葉を、自分の主張を補強する道具としてしか使っていないようにすら映ります。

### なぜここまで偏ってしまうのか?

おそらく、雪乃氏の中では「事実を正しく伝えること=被災者支援」であり、外部の批判=「被災者の努力を否定する加害行為」となっているのでしょう。しかし、この思考は極めて危険です。

- 被災者の多くは「インフラは進んでいるけど、心はまだ折れそう」という複雑な現実を抱えている
- そんな中で、ハード面だけを強調し続け、心の痛みに触れない発信は、「お前の苦しみは二の次だ」と言っているに等しい

ケアマネを名乗る以上、物理的復旧と精神的再生は不可分の両輪であることを、誰よりも理解し、発信すべき立場にあります。それを放棄し、政争的な外部叩きに没頭する姿は、福祉職の名を借りた政治活動家にしか見えません。

### おわりに:真の復興に必要なのは「心」へのまなざし

復興とは、道路が直り、家が建つことだけではありません。失われた日常、家族、故郷への深い悲しみと向き合い、少しずつ希望を取り戻すプロセスです。

雪乃氏の発信は、ハード面の事実を伝える点では一定の役割を果たしているかもしれませんが、被災者の「心」を置き去りにし、むしろ傷をえぐる二次被害を助長している側面が強すぎます。

ケアマネジャーを自称するなら、せめて「インフラは進んでいる。でも、心の傷はまだ癒えていない人も多い。両方を大切に」という、ほんの少しのバランス感覚を示してほしかった。それすらできないのであれば、「ケア」という言葉を使う資格すらないのではないでしょうか。

被災地に、真に寄り添う声がもっと増えることを、心から願っています。

(2026年1月時点のXポストに基づく観察です。発信内容は今後変化する可能性があります)