昨年秋、久しぶりぶりに大学の友人から電話があった。ご主人が入院中で、余命3ヶ月と医師より宣告を受けたとのこと。彼女は最後は自宅で看取りたいので、可能かどうか私に聞きたいと。元気なご主人と共に、介護に関係がない生活を送っていた彼女は藁にもすがる思いで、電話してくれたのだと感じた。

ご主人の病状等を聞き、入院先が私の夫が亡くなった系列病院と聞き、私は「できるよ」と答えた。更に、既に介護認定を受け、介護5と認められ、ケアマネジャーの当てもあると聞いた。

その病院グループは介護知識を備えた医療相談員(MSW)が常駐し、医師を含めた病院スタッフの協力が得られると彼女に伝えた。ご主人は意識が混濁するときもあるが、概ね意思疎通が可能、寝たきりでオムツ交換が必要、食事摂取が困難なため、中心静脈栄養を行なっていることなども聞いた。

 

そして、在宅で必要と思われる以下の介護サービスを考えて欲しいと伝えた。

1️⃣訪問診療(介護サービスか医療保険か)

2️⃣中心静脈栄養などのために、訪問看護を毎日。

3️⃣オムツ交換などのために、訪問介護・ヘルパーの訪問を毎日できれば3回。

4️⃣ベッド上でジョクソウ予防などのために訪問リハビリ・週2回程度

5️⃣訪問入浴・週2回程度

6️⃣特殊ベッドやジョクソウ予防用品などの福祉用具のレンタル

などなど。

 

現在、幼い孫たちがご主人に面会できないため、娘や息子家族と最後の時を自宅で過ごしたいという彼女の決断は強かった。私はご主人もよく知っており、何年か前に2人で熱海に来た時に会ったのが最後だった。

 

彼女はケアマネジャーと一緒に病院の相談員に会い、病院の医師などとのカンフェランスを経て、在宅看護のバックアップを受けることになった。在宅看護が無理になったら、系列病院で受け入れてくれるとの説明も受け、ほっと一安心したようだった。在宅看護は大変なので、あくまでも1人で頑張らないように、私は彼女に何回も伝えた。

彼女は訪問看護や訪問介護などのサービスを整え、自宅での看取りに備えた。たくさんの介護サービスの利用には多大な費用が必要になる。介護保険より概ね1割負担で済めば、数十万が数万となる。介護サービスは行政へ介護認定申請手続きを行なった日に遡って適用されるため、何より介護認定を受けることが急務となる。

 

準備が整い、ご主人が自宅に戻り、在宅介護が始まった。そして、3日目の早朝、ご主人が眠っている様子を見て、彼女は仮眠をとった。仮眠から起きて、主人の様子を見ると、穏やかに息を引き取っているようだった。医師が急遽訪問し、死亡を確認した。

とっても仲の良いご夫婦で、素敵なご主人だった。きっと、自宅に戻って、家族全員に会って、妻に心から感謝して亡くなったのだろうと思う。亡くなった夜に彼女から私に電話が来たので、急逝にびっくりしたが、彼女に心から労いの言葉を伝えた。昔から彼女のことはいつも尊敬していたし、素晴らしい女性だと再確認した。合唱🙏

 

備考;昨日、「さようなら帝国劇場」という番組を見た。夫イーサンは1966年に帝劇で「風邪と共に去りぬ」で舞台をふんだのがその後の長い声優人生の始まりだった。アシュレーの代役に抜擢されたけど、その他大勢の役だった。それでも、帝劇での思い出は彼の声優人生の支えだったのだろう。何回も何回も誇らしげにイーサンは語っていた。イーサン、来世は新しい帝劇の舞台で活躍してね。