3.国益とは
(1)そもそも国の利益とは何なのか
国益(national interest)とは何かという問いに対する答えは様々である。国益とは文字通り国の利益である。しかし、これ以上の定義はきわめて難しい。
国益の問題は、国家とは何かという問いに直結している。国際法では一般に国家の要件として、(a)永続的住民、(b)明確な領域、(c)政府、(d)他国と関係を取り結ぶ能力の4つが挙げられる(モンテビデオ条約第1条)。これらの条件を欠くものは国家として認められない。現在国家として認められている「政治的実体」は、これらを何としてでも守らなければならない。したがって、これらを守ることが国家の利益であることは異論がないだろう。国民の生命・財産、領土、中央政府がこれに当たる。これを「死活的国益」などと呼ぶこともある。最狭義の国益ということもできよう。
しかし、実際にこれが何を指すか、何が最重要かという議論になると、急に異論が出てくることになる。
まず、もっともわかりやすい例として離島を考えてみよう。
日本には何千という島がある。総務省統計局「日本統計年鑑」(令和5年)を見ると「構成島数」は6852となっている。これらすべてが日本の領土であることは間違いない。しかしこれらのすべてが死活的かというとそうでもない。例えば2021年2月19日の読売新聞は「国境の2離島が消失か、存在を確認できず…領海に影響する恐れ」と報じた。(https://www.yomiuri.co.jp/national/20210218-OYT1T50081/)
記事によると「全国に480超ある「国境離島」のうち、少なくとも2島について消失した可能性のあることがわかった」という。この2島は北海道にある面積百数十平方メートルの「節婦南小島」と「汐首岬南小島」で、節婦南小島は、2018年の北海道地震による地形変化で、海中に沈んだ可能性があり、函館市沖約100メートルの汐首岬南小島は、対岸の陸地で護岸を築いた時に島が組み込まれたとみられるという。しかしこれが大きなニュースになることはなかった。いずれも領海の基点となっており、領海範囲に影響する恐れがあるにもかかわらず、である。一方、東京都に属する沖ノ鳥島は、無人島であり先の2島より面積ははるかに小さいにもかかわらず周囲をコンクリートで固め、水没しないように堅く守られている。もしこの島が消失したら重大な国益が失われたと大きなニュースになるだろう。つまり、国境にある国益に直結する島でも、島によって重要度は異なる。もし6852の島のすべてに優先順位をつけようとすれば、様々な思惑が絡む大議論になってしまうだろう。
国民の生命・財産についても、全ての国民が死活的国益であることは間違いない。が、現実としては時と場合によってそれを守るレベルには差が出てくる。例えば、二重国籍を持つ人の中には日本へ来たことがない人もいる。その人の生命・財産が日本の国益であることは間違いないが、実際にそれが日本国内で生活している人と同じレベルで守るべきだという議論があれば、紛糾は避けられないだろう。また、外務省が危険レベルを「退避勧告」としている国に単身滞在している人の生命・財産と、日本国内で生活している人の生命・財産とを比べてみた場合も同じである。
また、国益はパワーとも深い関係がある。これも離島を考えてみればすぐわかる。6852の島すべてに沖ノ鳥島と同様の方法で水没を避ける設備を設けることは経済的に不可能である。海外在住の二重国籍のすべての日本人を日本在住の日本人と同様に守るために警察や自衛隊を派遣することは日本のパワーの限界を超えている。
以上のことからわかるとおり、国益を考える場合、重要度による分類が欠かせない。先に死活的国益を再狭義の国益としたが、狭義の国益、広義の国益も考えておく必要がある。また、「死活的国益」に対して何と呼ぶかも問題になる。
国益の分類には「死活的利益 (survival interest)」「絶対的利益 (vital interest)」「主要利益 (major interest)」「外辺的利益 (peripheral interest)」という4段階に分類するものや、自己保存的な利益である「不変的国益」と時代や状況に応じて変化する利益である「可変的国益」という2分類(ハンス・モーゲンソー)もある。
小原雅博(「国益と外交」日本経済新聞社、2007年、p149-p158)は、具体的国益を以下の4つの基準で「死活的利益」「二次的利益」「抑制すべき利益」の3段階に分類している。
①一部の利益でなく国民全体の利益か(全体性)
②一時的な利益でなく持続的な利益か(持続性)
③直接の影響を及ぼす利益か、(直接性)
④国際社会の利益と両立し得る利益か(両立性)
の4つである。
小原は以下のような表にまとめて、その評価基準を示している。
基準 |
概要 |
国益 |
具体例 |
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|
分野 |
例 |
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全体性 |
全体 |
国際社会 |
A |
日本の繁栄 |
多角的自由貿易体制(WTО)の維持・強化 |
国家 |
A |
日本の繁栄 |
二国間経済連携協定(EPA)の推進 |
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部分 |
C |
日本の繁栄 |
日本農業の保護措置 |
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持続性 |
持続的 |
A |
日本の安全と繁栄 |
中国の改革・開放の支援 |
|
不確実 |
B |
日本の理念や価値 |
中国の人権状況の改善 |
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直接性 |
直接的 |
A |
日本の安全 |
北朝鮮の核問題の解決 |
|
間接的 |
B |
日本の安全 |
イランの核問題の解決 |
||
両立性 |
互恵的 |
A |
日本の安全 |
核不拡散 |
|
日本の繁栄 |
EPAの推進 |
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対立的 |
C |
日本の安全 |
日本の核武装 |
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日本の繁栄 |
農産品や労働市場の不開放 |
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注:A:死活的利益 B:二次的利益 C:抑制すべき利益 |
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出所:小原雅博「国益と外交」149ページ