(4-13)毛沢東と馬寅初① | 中国について調べたことを書いています

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1.中国広東省の深セン経済特区の成立過程
2.香港・六七暴動
3.農業生産責任制と一人っ子政策
4.浦東新区から雄安新区へ
5.尖閣問題の解決策を探る
6,台湾は国家か

 

こうした人口に関する様々な意見の中でもっとも注目されたのは馬寅初の「新人口論」であった。しかし、これに触れる前に、このころの毛沢東の人口抑制に対する考え方を示しておかなくてはならない。

 

毛沢東は1949年の段階では人口を抑制するような考えは持っていなかった。「観念論的歴史観の破産」(唯心的破)(1949年9月16日)では「中国の人口が多いのはたいへんよいことだ」と述べていたことは先に書いた。しかし、このころになると、毛沢東の人口に関する考え方はかなり変化を見せている。

 以下はこのころ中国を訪れたユーゴスラビアの女性代表団との談話での毛沢東の発言である。

 

「かつては一部の人々が我々の提唱した出産抑制を批判していたが、現在は賛成する人が多くなってきた。夫婦の間で家庭計画を立てるべきであり、一生の間に何人子供を産むかを決めるべきである。こうした計画は国家の5カ年計画と調和をとるべきである。現在中国の人口は毎年1200万人から1500万人ずつ増加している。社会的な生産を計画化したのに、人類そのものの生産はまだ一種の無政府状態であり無計画状態である。我々が人類そのものの生産も計画化を実行してはいけない理由があるだろうか。わたしは実行できると思う。我が国には邵力子という民主人士がいて、出産抑制を提唱している。

「同南斯拉夫女代表谈话(1956年10月12日)

http://www.people.com.cn/GB/shizheng/8198/30446/30452/2196032.html

 

 

また、1957年2月27日に発表した「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」では、以下のように述べている。(このなかで、農業合作化で起きた退社問題や「百花斉放、百家争鳴」についても触れられていることはすでに述べた

 

「七 全般的に配慮し、適切な段取りをおこなう

ここでいう全般的な配慮というのは、6億の人口全般に配慮するということである。我々は計画を立て、業務を行い、問題を考えるときはいつも、我が国には6億の人口があるということを出発点としなければならず、決してこの点を忘れてはならない。・・・我が国に人が多いのはいいことでもあるが、当然困難もある。我々の各方面の建設事業は力強く発展しているところであり、業績も大きいが、しかし現在は社会大変動の過渡期であり、困難な問題もやはり多いのである。」

 

http://www.cctv.com/special/756/1/50062.html

 

 

この項目については、さらに以下のような場面があったことが「毛沢東伝」に書かれている。

 

「我々のこの国はこんなにも多くの人がいるが、この点において世界のどこにもこんな国はない。6億人もいるのである。ここでは出産抑制を提唱すべきであり、産む数を少し減らしたほうがいい。計画的に産んだほうがいい。私は人類は自分で自分を管理することがいちばん苦手なのだと思う。工場の生産については、布の生産、机やいすの生産、鋼鉄の生産、どれも計画がある。人類の自分自身の生産については計画がないというのは、無政府主義である。政府がなく、組織がなく、規律もない。(毛沢東のこうした話は会場全体の大笑いを誘った)この政府はひとつの部門を作るべきかもしれない。出産計画部を作るのはどうだろうか。(再び大笑い)または委員会でもいい。出産抑制委員会、政府の機関としてである。人民団体も組織したらいい。人民団体を組織して提唱しよう。技術的な問題を解決しなければならないので、経費を使って、方法を考えて、宣伝もしなければならない。」

(「毛沢東伝19491976p625

 

http://cpc.people.com.cn/GB/69112/70190/70192/70271/4765790.html