「何か食べ物を頂戴」
「もう少しで、お菓子の時間だから待ってください」
「お菓子って何?」
その質問に言葉が一瞬止まった。
「お菓子は美味しいものです」
客観的に見ていた僕は、もし自分がその質問をされたらなんて答えるだろう?
「お菓子は3時に食べるものです」
「甘くて美味しいものです。」
すると、僕に老女がやって来て、
「ここはどこですか?」
僕は、またかよみたいな感じで、
「渋谷区……です」
と答えると
「ありがとうございます」
この質問も今日で10回は超える。
すると次に、
「おしっこ行きたい」
今日何回行けば気が済むんだよよ内心想いながら、
「どうぞ、行ってください」
「トイレは何処?」
「あちらにある黒い扉になります」
そういって、眼鏡をかけた老女は、背中を丸めながら一人で歩いてトイレへ向う。
やっと、波が落ち着いたと思うと…
「私、もう帰りたいんだけど…」
髪の毛にパーマをかけ、爪にマニュキュアをした老女が尋ねて来る。
「お菓子食べて、少ししたら帰れるのでお待ち下さい」
そう言って優しく、老女達に返答していく。
『帰宅願望』は認知症になると、酷くなる。
元々、僕自身介護の業界に入ったのは、20代の後半だった。
それまで、なんとなく生きてきてアルバイトと日銭のお金で実家暮らしをしていた。
高校受験に失敗した僕は、僕とは違って収集な姉と違い人生を諦めていた。