ふとバイト中につらつら思ったこと
まあ確かに嘘を重ねた友達の仕打ちは身から出たさびだろう。それは事実。彼に危機回避能力が足りなかったとも言える。
それはそれ。わたしがふと思ったことは
保健所や他の地域にも報われない動物はたくさんいると思う。
なぜ 救わない?
否、救えない から人に里子へ出すのでは?
自分は新しい動物をどんどん救ってるつもりでも、結局は自分では助けられないから人にあげてるだけでしょ、それ。
それって何も救ってなくない?
全てを助けるために尽力するならまあ話はわかる。
けど、1つの命を使わせてもらうことで他の多くが助けられることもある。代表的なのが薬の実験。
それは動物でも人でも同じ。私達は死から学ばせてもらっていることがたくさんある。
それに、動物や人が死ぬことは世界の大きな理だと思う。死んだんじゃない、自然の摂理に則って循環してるんじゃないの、命って。
それをわからずに、ただ可愛いからかわいそうだから、そんな理由で助ける。
それって偽善じゃない?
しかもそれをあたかも全て正しいかのように自分の理屈を押し付ける。
それこそ傲慢では?
一般の人に里子に出すのに不信感があるのなら同じ考えをもつ人にあげたらいいんでは?それを確認したならまだしもだけどさ。そういうこと一切してないんじゃない?
それってすっごい独善的で安っぽい正義。
いや、正義のヒロインごっこ?
立場が悪くなれば悲劇のヒロインごっこもするしなお悪質。
どんな理由があってそういう活動してんのかわからないよ?ほんとはもっとちゃんとした考えなのかもしれない。
でも私には今のところ安っぽい正義にしか聞こえないってこと。
もちろん多くの動物に死ねって言ってんじゃない。
ただ、今みたいな保護して里子へっていうやり方じゃいけないんじゃない?
どうしたら無駄に死ぬような動物がいなくなるか
捨てられてあぶれる動物がいなくなるのか
もっといえば、「どうすればそんな動物がいなくなる世界を作るためにみんなの意識を変える方法」を模索するか、じゃない?
それを考えてこその「動物を思いやる」じゃない?それにはもっと議論を重ねる必要があるし、今のやり方じゃだめだと思う。むしろ、そんなやり方じゃ一層反感をかってそういう動物を増やすきっかけになるかもしれない。
それを考えての行動か?
激情に駆られて他者を攻撃することに思いやりや知性はない。
方法を模索し解決へ導く、それができるのは人間だけじゃん。それをしないで何が愛護か。
それにそんな安っぽい思いやりや過激で人の人生を天秤にかけるようなやり方、私は気に食わない。
私は気に食わないし、だから「動物愛護の人ってめんどくさい」って思われるんじゃないの?
まずはその垣根を取り払う努力しようよ。そうじゃないとなんの解決にもなんないよ。
まああれだ、私は何をするわけでもないし、無責任なこと言ってる。動物実験はやる側の人間だから少なくとも愛護側ではない。ただ、動物は可愛いと思うしあぶれる動物が少なくなればなとは思う。
その改革を進める指導者に、動物愛護だか動物ボランティアの人々はなるべきでは?
その情熱を人の人生を潰したり反感をかうようなことをするのに向けるのでなくどうしたら考えをわかってもらえるか、みんなで協力しあえる方法を考え、実行する指導に向けるべきでは?
まあそりゃこんなんわたしの理想論だし私はものをよく知ってるわけじゃないけどさ。そんなの無理だ!って言われたらはいそうですかって引き下がる程度の考え。
考えっていうか、なんか思いつき?単に昨日バイト暇で物思いにふける時間が多かったからつらつら考え事してただけだし、まあ立派なものじゃない。
それにわたしは友達のミカタをやっぱしたい。友達だから。
まあわたしが友達のミカタするようなもの、って思ったらちょっとは気持ちもわかったし
今回だけは、わたしが許して「あげる」。ってね。マリアか。
最近友達の身の回りで起きたこと。動物愛護に関することで思ったことをつらつらと。すごく主観に基づいたことなので苦手な人スルーで。
友達がある動物を飼うにあたって、お金もかからないということで里親で譲ってもらうことに。
で、その友達は私と同じ医療系の学生で、まあ動物実験とかするわけですよ。
電話で話したときに、あれやこれやと身辺情報を訊かれ、医療系の学生であるってわかった瞬間「動物実験に使うつもり?!」「動物を殺すつもり?!」っていうのを言われたとか。
まずここで一つ、なぜ「動物実験を行う人=動物を殺す人」なのか。
動物実験反対は自由だけど、じゃあ自分は動物実験による恩恵(薬・化粧品・生活用品・衣服など)をまったく受けてないのか?と。必要だから行うわけであって必要もなく動物を殺戮しているわけではない。
んで、まあなんとか引き渡してもらったはいいんだけど、その時に友達があっちの狂信っぷりを恐れて嘘をついて譲ってもらったそうな。(詳細は後述)
しかし、もらった動物は飼い始めてすぐ死んでしまった。病気だったらしい。それも譲る前から。
友達は病気であるという説明は受けてなかったらしい。
で、ある日友達のところにそのボランティアから一緒に動物病院に行くようにと連絡がきたそうな。
ここで一つ。なぜ里子に出した子なのに家庭のプライベートにまで干渉してくるのか?
里子に出して手放したんなら、その時点であっちの家庭に預けてるんだからそんなこと言われる筋合いはないのでは?
で、友達はここでまた嘘をついてしまった。本当は猫は死んでいるのに「親戚の家に預けている」といったらしい。理由は、「猫に何かあったら人生をつぶす」などと脅されていたから。
譲渡する際に誓約書にサインを交わし、それを理由に自分が動物病院に同行することを正当化していたそうだが、誓約書にそのような文言はまったく書かれていなかったらしい。
で、結局友達は人生をつぶすとか恐喝されていることも考えると何しでかすかわからないし、親戚の家に預けているといったよう。でも相手側は「じゃあ親戚の家まで猫の顔を見に行く」といってきかないよう。それも深夜に。
結局友達が深夜に電話したことを嫌がらせ(友達は電話がきてたからメールで確認をとってからかけなおした)といって相手は警察にいったらしい。
その時も根も葉もないことを言ったそうで、「動物を殺している」「研究室で実験に使った」というまさに『自分の妄想』を何の証拠もなくいったそう。
結局友達は他のボランティアに囲まれて大声で名前やら何やらを叫ばれて罵倒を浴びせられたそう。
それもよくわからない誓約書を出してきて、「これにサインしなければお前の人生をつぶす」「弁護士に話を付ける」などと言っているそう。ただし友達がじゃあ弁護士を通して正式な誓約書をお願いしますと申し出ると「それは出来ない」の一点張りだそう。
最終的に道路に座り込んで大声で泣きわめき、「殺した殺した」と叫ばれたそう。他のお仲間からも「どれだけ殺してるの!」とか何の証拠もないのに罵倒されたとか。
まとめると
確かに嘘をついたのは友達が悪いし、それは身から出たさび。
けど、「人生をつぶす」と恐喝するのはどうかと思う。
不信感があるのはもちろんわかるが、だからといって「殺した」証拠にはならない。
それに、相手方も偽名や嘘の情報で友達を誘いだしたらしい。
嘘をついたことは完全に友達が悪いが、ここまで大騒動にするのもどうかと思う。
そんなに動物が好きなら、里子に出したりするのはなぜ?病気の説明をしなかったのはなぜ?
ネットなどで個人情報を調べ、それをチラシでばらまくとか、弁護士を雇っているのならなぜその人を通して正式な手続きを踏まない?
それに、「誓約書にサインしなければ人生をつぶしてやる」というのは完全に恐喝。嘘の事実を申し出てごまかしたりしたことは悪いが、それならば相手だって同じでは?
わたし個人の意見ですが、これはボランティアのほうにも非があると思います。それを全て「嘘をついた」から友達のせいにして罵倒するのはお門違いかと。そちらだって嘘ついてらっしゃるじゃない。あなたたちはいちいち調べて嘘か判断したけど、友達はそれをしなかっただけで友達が本当に真実を探したらボランティア側もただじゃすまないと思う。
やり方がすごく幼稚だし、いい年した大人が若者をだまして誘い出し、罵倒して恐喝するなんて考えられないし、大声で個人情報を言ったり道に座り込んで大声で泣いたりと、とてもじゃないけどまともな人がやることではないと思う。
友達は「精神異常者」と呼ばれたそうだが、私としてはあちらに精神異常とか知的異常があってもおかしくないなと考える。
動物が大切な気持ちは大事にしてほしい。けれども、未来を担っていく若者の人生を天秤にかけるのはおかしいと思う。どちらのほうが重いという問題じゃなくて、どちらも大切だと思う。だからどちらかだけを擁護するのはちゃんちゃらおかしい。まったく理にかなってない。完全に感情論だと思う。
もちろん、再三言うけどこれは友達の身から出たさび。その嘘の代償は支払ってしかるべきだけれども、私には恐喝されてからの嘘に、人生を天秤にかけられるのは明らかに過剰な代償だと思う(裁判を起こす・大学に申し出て大学させるなどの恐喝も受けたよう)。しかも極め付けに「法律に基づいてあなたは医療者にはふさわしくない!」と言い出す始末。どうにもならない。それはあなたが決めることじゃない。何言ってるのか結構本気でわからない。
なんでも法律法律、誓約書と言ってたらすむと思っているのだろうか。ナンセンスすぎる。
嘘をつくことが生き物を飼うのに不誠実というのなら、あなたたちの倫理観こそ考え直したほうがよいのでは?自分だって嘘ついてるくせにそれは棚上げかよ。勝手な理屈だなおい。頭大丈夫?
こういう動物愛護主義の人たちばかりではないとは思います。けれども、こういう過激派がいるのも事実です。身の振り方をよく考えてほしいなと思いました。まる。
