家の記憶-DNA-4

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昭和30年頃の普通の家(民家)の中は 現代の住宅に比べるかなり暗かったように記憶しています。理由の一つには 日本の家は昔は夏を旨として考えられていました。つまり 夏の暑さをいかに和らげるかが重要課題でした。夏の強い日差しは 邪魔者でしかなく 軒の出を深くとる事により直射光をカットしたため どうしても家の中は暗くなります。




また 開口の高さが1.8Mと低いことと インテリアの濃い木の色等により余計に暗く感じました。
暗い空間だからこそ記憶に残る光の印象は 現代の住宅の何十倍も印象的です。台所の天蓋の光や 暗い室内に暗順応した眼が急に明るい外部をみたときの残像・・・・・ 




その光の残像を リフォームにしても新築設計でも いつもどこかに再現したいと思います。(masa)



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便利さと豊かさって

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昭和30年代生まれの私は 小さい頃から未来は便利になって豊かになると何となく信じていました。いまは当たり前の新幹線が”夢の超特急”として、わくわくする未来の象徴として絵本にも登場していたのですから。
たしかに現代は便利になりました。でもこころはそれほど豊かになっていないような気がします。

私は親父によくタバコを買いに出されました。当時はタバコ屋で買うしかないのでよる10時をすぎると、大概は店が閉まってタバコが買えなくなります。夜中にタバコをきらしたりすると、親父は灰皿をあさって吸い殻にマッチ棒をつきさし(-しけもく-というそうです) とてもうまそうにすっていました。子供心になんであんなまずい吸い殻がおいしいのかなと不思議でした。



コンビニが当たり前になった今、24時間タバコが手に入ります。便利になったものです。でも、ひょっとして何か大切な豊かさを見失っているのかもしれません。だって ほんとはまずい-しけもく-のおいしさを味わうチャンスを失っているのですから・・・・・父の日のまえに(masa)


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家の記憶-DNA-

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住んだ事もないのに なぜか 懐かしさを感じてしまう事ってありませんか。築300年を超える民家の再生を計画しているときでした。生まれてこのかたほとんどの期間を、モダンリビングでしか生活していないはずが、あふれてくる郷愁に似た思いでいっぱいでした。私たちのDNAに流れる記憶なのでしょうか?次の機会にアフターのエピソードを---2003/3/17撮影(masa)
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建築エピソード1

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国際コンペで栄冠を勝ち取ったヨーンウォッツンは 希望にもえ---オーストラリアの地にたちます。オーストラリアの名を世界に広めた名建築”シドニーオペラハウス”の計画がスタートします。皮肉なエピソード------建設途中で完成をみないままその任を解かれたかれは、その後二度とオーストラリアの地にたつ事はなかった。-------2006/10/19撮影(masa)

宮沢賢治のふるさと

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以前のブログにも書きましたが、
このところ宮沢賢治に関心がありました。

そんな中、今回の大地震。

宮沢賢治のふるさと岩手県も被災されています。

You tubeでたちあがったkizuna311で
渡辺謙さんが「雨ニモマケズ」を朗読されています。

こんなにも共感できるなんて。涙が出てしまいました。

菅野ようこさんの「きみでいてぶじでいて」
涙が出て聞くのがつらいくらいです。

もしかしたら、まだ流された家の中で耐え忍んでいらっしゃる方がいるかも。
先日救出されたおばあさまとお孫さんの様にどうか、神様見つけて下さい!