1+1が2ではない世界
武満徹さんのエッセイを読んでなるほどなあと思った事。
琵琶や三味線には「さわり」という独特の響きがあるらしいです。
これは、弦自体の振動による音ではなく、
弦が楽器本体の一部に触れて出される音のようです。
「ノヴェンバーステップス」という琵琶と尺八を交えた
オーケストラの演奏を聞きましたが、
多分、琵琶や三味線に特徴的なバリバリした音のことを
「さわり」というのかなあと解釈しています。
どうやら、西洋音楽において「さわり」のような音は
雑音と考えられていて、出してはいけない類いの音らしいですが、
邦楽では奥行きのある美しい音であると
考えられているらしいのです。
西洋音楽と邦楽の美的感覚の違いといえばそれまでですが、
このような考え方は音楽だけではなく建築にも言えるような気がします。
ボクは多くの日本の大学で行なわれていると思われる、
西洋から影響を受けた建築教育を受けていると思っています。
もちろん日本の伝統的な建築の講義も受けましたが、
それはわずかな量にすぎなかったように記憶しています。
従って、ボクは現代の建築家として、
日本の伝統的な建築を設計したいとは思いません。
現代の材料を使って、現代の工法で、
現代的な建築を設計したいと思っています。
しかし、邦楽における「さわり」のある建築を設計したいと思います。
それはもしかしたら、
ボクが日本的な感性を持っているからかもしれません。
西洋的な価値観が浸透した世の中では
建築における「さわり」も、単なる雑音、
つまり、むらや失敗、などと捉えられるでしょうが、
「さわり」は現代のさまざまな価値観を変える
可能性があるように思います。
現代の材料とボキャブラリーを駆使して、
「さわり」を表現することができれば、
日本人であるボクが設計する意味はあるんじゃないかと思います。
抽象的な発言で分かりにくいですかね。
琵琶や三味線には「さわり」という独特の響きがあるらしいです。
これは、弦自体の振動による音ではなく、
弦が楽器本体の一部に触れて出される音のようです。
「ノヴェンバーステップス」という琵琶と尺八を交えた
オーケストラの演奏を聞きましたが、
多分、琵琶や三味線に特徴的なバリバリした音のことを
「さわり」というのかなあと解釈しています。
どうやら、西洋音楽において「さわり」のような音は
雑音と考えられていて、出してはいけない類いの音らしいですが、
邦楽では奥行きのある美しい音であると
考えられているらしいのです。
西洋音楽と邦楽の美的感覚の違いといえばそれまでですが、
このような考え方は音楽だけではなく建築にも言えるような気がします。
ボクは多くの日本の大学で行なわれていると思われる、
西洋から影響を受けた建築教育を受けていると思っています。
もちろん日本の伝統的な建築の講義も受けましたが、
それはわずかな量にすぎなかったように記憶しています。
従って、ボクは現代の建築家として、
日本の伝統的な建築を設計したいとは思いません。
現代の材料を使って、現代の工法で、
現代的な建築を設計したいと思っています。
しかし、邦楽における「さわり」のある建築を設計したいと思います。
それはもしかしたら、
ボクが日本的な感性を持っているからかもしれません。
西洋的な価値観が浸透した世の中では
建築における「さわり」も、単なる雑音、
つまり、むらや失敗、などと捉えられるでしょうが、
「さわり」は現代のさまざまな価値観を変える
可能性があるように思います。
現代の材料とボキャブラリーを駆使して、
「さわり」を表現することができれば、
日本人であるボクが設計する意味はあるんじゃないかと思います。
抽象的な発言で分かりにくいですかね。