日本統治時代の、1906年のこと。

 

黄榧という男性が、

妻と養母と共に、

台北市内の六館街という場所に住んでいました。

 

幼い頃に親に捨てられた黄榧は、

その後、

養母・陳市に引き取られ養育をされたこともあり。

 

親子の関係は非常に良好で、

妻と結婚した後も、

この養母を引き取り、

共に過ごしていたのでした。

 

しかし。

容沖という、広東省から来た男性の登場で。

 

この関係が一変します。

 

養母陳市が、この容沖と、

恋愛関係に陥ったのです。

 

容沖のことを好まない黄榧は、

養母に向かい、

容沖と会わないよう、

家に泊めないよう、

何度も説得しますが。

 

養母は頑として聞き入れず。

毎回毎回、

口論となり、決着がつかず。

 

親子間の関係に、

ヒビが入るようになります。

 

そんな、4月のある夜中。

 

黄榧が、離れのトイレに行き、

何となく丘の方を見た所。

 

不思議な明かりが見えました。

 

原因不明の明かり、

いわゆる、「鬼火」です。

 

しかし、その丘には、そもそも、

墓地があり。

 

鬼火が見えたという経験は、

数多く。

 

黄榧も、

当初さして気にはならなかったのですが。

 

ぼんやり眺めている内に、

その鬼火に加えて、

墓地の正面にある祠の中からも、

光が見えることに気付きました。

 

泥棒が潜んでいるのかも知れない。

 

そう思った黄榧は、

丘の上まで確かめに行くことにします。

 

そして、そこで。

 

黄榧は目撃してしまうのです。

 

祠の光の中で、

一人の白髪の老婆が、

冥銭を焼きながら、

何か呪文のような言葉を唱えている姿を。

 

それは、まぎれもなく、

養母・陳市の姿でした。

 

黄榧は驚愕しつつ、

家に逃げ帰り。

 

翌朝、

妻にそのことを話しました。

 

が。

余りに恐ろしく。

 

養母自身に、

そのことを問いただすことは出来ません。

 

それでも、じっとしていられない彼は。

何か証拠が残っていないか、と。

翌日、その祠に赴くことにします。

 

そして、

その祠の中で。

 

一粒の水滴が、彼の頭上に落ちて来たかと思うと。

不意に、体が動かなくなったのです。

 

黄榧はどうにか家に帰りついたものの。

体は動かないまま、

そのまま床に臥せることになったのです。

 

病気はいよいよ悪くなります。

 

倒れてから十日目、

医師に診察してもらい、

少しよくなる時期もありましたが、

 

数日後には、元に戻ってしまい。

 

一向に病状は回復しません。

 

黄榧は、確信します。

養母が自分を呪い殺そうとしているのだ、と。

 

そこで、彼自身も。

急いで法師を探し、

対抗をしようとしたのですが。

 

既に手遅れでした。

 

ある夜、

自室で寝ていた黄榧の耳に、

小さな声が響いてきます。

 

養母の、呪いの声が。

 

 

そしてその深夜。

黄榧の夢の中に、

紅い髪、黄色い顔の幽霊が現れたかと思うと。

剣をもって黄榧を刺そうとします。

黄榧は懸命に抵抗するのですが、

最後に敗れ、

胸を貫かれてしまいます。

 

痛みの余り、目を覚ました黄榧は。

妻にその夢の内容を告げた直後、

 

鼻から大量の血を流し、

そのまま息絶えたのでした。

 

 

 

黄榧の死は、

養母の呪いによるものである。

 

妻はそう訴え。

世間の人々も、それに同意したのですが。

 

既に20世紀です。

日本統治政府は、

その訴えを、

証拠不十分として認めようとはせず。

 

養母が罪に問われることは、

なかったそうです。