1959年のことです。

 

台湾西部雲林県に住む、

林罔腰という名の40歳の女性が、

大病を患い。

 

それが治癒した直後。

 

突然、

夫の呉秋得に向かい、

奇妙なことを口にしたのです。

 

実は自分は。

金門出身の、

17歳の朱秀華である、と。

 

 

金門とは、

台湾領土ではありますが、

台湾本島から200㎞西方にあり、

中国本土からは僅か5㎞程度しか離れていない、

そんな小さな島です。

 

呉夫婦には縁のない場所。

 

驚き怪しむ夫に向かい、

彼女は、熱く語り始めたのです。

 

朱秀華という、

女性の生涯について。

 

 

 

 

一年前の、1958年。

 

金門にて、

激しい砲撃戦が発生しました。

 

中国(中華人民共和国)の人民解放軍が、

台湾(中華民国)が領有していたその金門を、

奪い取ろうとしたのです。

 

金門の住民であった朱秀華の一家は、

戦禍を避けるため、

家を捨て、

台湾本島へと逃げ込むこととします。

 

しかし。

その逃亡の過程で、

混乱の中、

朱秀華は家族全員とはぐれてしまい。

 

朱秀華ただ一人が、

台湾に向かう漁船に乗り込むことが出来ました。

 

しかし、その船にも、

人民解放軍の砲弾が襲い掛かり。

 

船は大きなダメージを受けてしまいます。

 

沈没こそ免れたものの。

船は、大きなコントロールを失ってしまいます。

 

そのまま漁船は台湾海峡を漂流。

 

食料もなく、水もない。

 

二十数人もいた船上の人々は、

次々と亡くなって行きます。

 

しかし、

若い朱秀華は、

 

そして、奇跡的に。

 

多くの死体と、朱秀華を載せたその船は、

台湾雲林県へと漂着するのです。

 

 

朱秀華は、

漁師たちに助け出されます。

 

どうにか生き延びた、

茫然としながらも、

深く安堵を覚えた朱秀華ですが。

 

しかし、

運命は残酷なものでした。

 

家族と散り散りになる直前。

朱秀華の父親が彼女に託した、

黄金の首飾り。

 

それを目にした漁師達が、

欲望に負けたのです。

 

漁師達は、

朱秀華からその首飾りを奪い取った上で。

 

通報されることを恐れ、

口封じのために、

彼女を殺そうと決めるのです。

 

朱秀華は懸命に命乞いをし。

 

漁師の一人、

林清島という男性もまた、

これを懸命に止めたのですが。

 

漁師達は、聞く耳を持ちませんでした。

 

 

二十人が死んでいるんだから、

今更死体が一つ増えたところで、

何の問題もない。

 

そう言って彼らは、

朱秀華を、死体を満載した船に戻すと。

 

船を海の中に沈め。

 

 

戦火と漂流を生き延びた朱秀華は、

 

辿り着いた筈の台湾本島沿岸にて、

あえなく、

溺死してしまったのでした。

 

 

 

けれども。

 

朱秀華の肉体は死んでも、

その魂は死なず。

 

暫く彷徨った後、

土地神に出会い、

自分の無念を訴えたところ。

 

ひどく同情を得ることができ、

廟の中に住まわせてもらうことが出来。

 

一年後、土地神が、

林罔腰の体の中に入るよう、指示。

 

そして朱秀華は、

林罔腰の身体の中で目覚めた。

 

 

 

彼女はそう、語ったのでした。