80歳の老婆、彭が、
突如山に向かい走り出した後、
消息を絶ちながらも。
五日後。
失踪した現場から3㎞ほど離れた場所の、
河原にあった巨石の陰に座っているところを、
無事に発見されました。
病院に運び込まれた老婆は、
意識も鮮明、
健康状態にほぼ問題はなく。
家族をはじめ、
捜索に携わった500名からの人々は、
大いに安心したのですが。
しかし。
病院で老婆の語る言葉に、
人々は驚愕します。
彼女は。
公園のトイレを出た時。
そこで待っている筈の友人達がいないことに、
非常に焦りを覚えます。
彼女はツアーに参加していたのですが、
バスの出発予定時刻が、
既に過ぎていたこともあり、
置いて行かれたのではないか、と思い。
慌てて走り出してしまったのです。
しかし。
行けども行けども、人はおらず。
気付けば、
周囲は真っ暗に。
どうしようもなく、
彼女は山の神に無事を祈りながら、
道端で夜を越すことにします。
恐怖を感じたりはしませんでしたが。
ただ、服を一枚しか着ていない上に、
雷雨が降っていたため。
風邪を引いてしまわないか、
ということだけが心配でした。
しかしその夜。
彼女は、奇妙なものを目にします。
暗闇の中に、
突然、5、6名の男女が現れたのです。
彼らは、アミ族(台湾先住民)の物とよく似た
――しかしアミ族の物とは明らかに違う服を身にまとい、
その場で踊りだしたのです。
老婆は驚きながらも。
咄嗟に、ポケットから財布を取り出すと、
彼らに向かって叫びます。
私を家に連れて帰ってくれたら、
これ全部あげる、と。
中に入っていたのは、
一万数千元(四~六万)円。
少し少ないと思った老婆は、
続けて、
私が無事に帰れたら、
私の子供がもっとあげるから、と。
しかし、その不思議な人々は。
どうやら老婆の言葉を理解出来なかったようで。
怯えた顔で老婆を見ると、
かき消すように、いなくなってしまいました。
翌朝。
明るくなって、老婆は動き出しますが。
依然として、人の姿は見えません。
空腹と喉の渇きを覚えた彼女は、
水を飲むために、
河原に降りようとします。
しかし、その途中。
老婆は足を滑らせてしまい、
石に足を打ち付けてしまいます。
腫れあがりはしましたが、
幸い、出血もなく。
神に感謝しながら、
彼女はどうにか水を口にします。
ですが。
その際、彼女は急な流れに足を取られ、
深い所に転落しそうになります。
しかしその時、
奇跡的に流れが止まり。
彼女はどうにか河原から這い上がり、
安全な場所に避難することが出来ました。
そこは、
巨石の下、窪みになっているところで。
強い日差しのみならず、
雨を避けることも出来る、
非常に良い場所で。
老婆はその後、
そこで四日間を過ごします。
その中で。
老婆はまた、奇妙な経験をします。
まず。
一人の老人が現れました。
二年前に亡くなった、彼女の夫です。
夫は、妻には何も言わず。
話しかけても、何も答えず。
ただ、彼女の前を行ったり来たりするだけ。
そして、いつしか消え去りました。
さらに、その後。
姿は見えませんが。
夫婦らしき、二人の男女の声が聞こえます。
老婆はひどく怯えましたが。
その声は、怖がらなくてもいいよ、と。
耳元で囁きかけて来るのです。
土地公(土地神)と土地婆(土地神の妻)だ、
と老婆は気付きます。
その夫婦は、
老婆が安心するような内容の語りかけを、
二日間も続けたそうです。
三日目になり。
老婆は、何人もの人々を見かけます。
今度は、死者や神などではなく。
見るからに捜索隊らしき人々でした。
老婆は声を振り絞り、呼びかけます。
しかし。
誰一人、こちらを振り向いてもくれない。
すぐ横を通る人もいる。
中には、老婆のいる窪みを覗き込む人もいる。
それなのに、誰一人、老婆に気付かないまま。
通り過ぎて行くのです。
老婆は、茫然としました。
そして、四日目も同様に。
捜索隊は近くを通りかかるのに、
誰一人反応してくれない。
そんな奇妙な状況下、
老婆はどんどん衰弱して行く。
もう駄目だ、そう思った五日目。
大きな爆竹の音が聞こえたかと思うと。
直後。
その窪みを覗き込んだ捜索隊の一人が。
老婆を見つけ出した、
とのことでした。
その後。
老婆は順調に回復。
三日後には、新竹の自宅に戻りました。
不思議な話だ、と人々は噂をしました。
勿論。
踊る原住民や、亡くなった夫、土地神、
或いは、助けてくれない捜索隊などは、
老婆の頭が作り出した、
ただの幻覚だと判断するのが妥当でしょう。
しかし。
老婆の居た河原は。
捜索の初期から、
捜索隊が何度も何度もチェックし、
老婆の孫もまた訪れていた場所なのに、
五日目まで老婆を発見出来なかった場所であったこと。
そして、
屈強な軍人であっても、
ロープなどなしには渡れないような、
かなりの急流を渡らないと、
辿り着けないような場所であること。
しかも、
老婆の失踪した公園から、
山中の道もないような地域を、
3㎞以上歩かなければならない場所だったこと。
そして。
ある監視カメラの。
老婆が右端に腰掛けている、その映像の中に。
紅い服を着た少女がうっすら映っている、と。
山に住み、人をさらうとされる、
伝説の存在、
魔人仔が映っている、と。
そう、噂し合ったのでした。