日本人女子大生・Mさんが、高雄で消息を絶って一年。
まるで手がかりのない中、
ようやく、劉学強という容疑者が浮上し。
警察は、急いで彼の周辺調査を行います。
慎重なその捜査は、一か月近くに及びましたが。
その間、
彼の怪しい行動に関する、数多くの情報が得られました。
車内に、巨大な観音像や無数の仏像を置いている。
常に念仏を唱えている。
――と言ったものだけではなく。
例えば。
彼がトイレに行くときのスピードが恐ろしく速い、と言うもの。
車を降りた途端、トイレに駆け込み、
用を足し次第、素晴らしい速さで車に戻って来る。
まるで、仏像の並ぶその車が、
守りを固めた安全な要塞である、かのように。
加えて。
彼は、十字弓――クロスボウを持っており。
時折、道端で野良犬や野良猫を射ち殺している姿が、
周囲の住民によって目撃されていたり、
さらに。
彼の家から女性の泣き声のようなものが聞こえ、
隣人がそれを彼に尋ねると、
たちまち、彼の顔面が蒼白になった、という件や。
家の裏庭で、何かを燃やしていた、という証言。
そして何より。
1990年4月の水道使用量が、莫大なものであったこと。
一か月一人当たりの使用量は、通常1トン前後であるのに、
この月の劉の使用量は、5トンにも達していた、ということ。
いよいよ、間違いない。
劉がMさんを殺し、自宅で死体を処分したのだ。
警察は、そう確信しますが。
戒厳令が解除され、民主化された直後の、台湾社会。
警察は、通常よりもさらに民主的であることを要求されています。
どれだけ怪しくとも、
一人の市民を、無暗に逮捕することなど、出来ない。
周囲の人々の証言、莫大な水道使用量。
それらは、
彼が殺人を犯した証拠にはならないのです。
警察は慎重に慎重に、劉の動きをうかがいます。
そして、そんな中。
ある日劉が、不審な動きを見せます。
ベッドと、何かの入った巨大な袋を、廃棄したのです。
警察の動きを察し、
証拠隠滅を図ったに違いない。
そう確信した警察は。
1991年正式な捜査令状を入手、
ついに、劉学強の取り調べに踏み切ります。
捜査員に出くわした劉は。
開口一番、奇妙なことを尋ねます。
「今日は何月何日だ?」
捜査員が、3月4日であることを伝えると、
劉は、なんと、
その場で泣き崩れてしまったのでした。