高雄のタクシー運転手の間で話題になっている、
一人の人物がいました。
35歳の、劉学強という名のこの男性は。
彼らの同僚、タクシーの運転手なのですが。
その劉の車が、異様だったのです。
車内に、五十センチ以上もある、
大きな観音像が置かれていたのです。
当時、タクシー運転手のほとんどが、
交通安全のお守りとして、車内に神像を置いていましたが。
それぞれ十センチ程度の、小さなもの。
こんな巨大なものを置いてしまえば、
安全運手の邪魔になるとも言えます。
しかも、この大きな像だけでなく。
小さな仏像、神像、お守りが、
車内には所せましを置かれている。
その上。
劉は常に何かブツブツ呟いている。
近付いて耳を傾けると、それは全て、念仏なのです。
一人の時間はずっと、念仏を唱え続けているのです。
そんな様子を見た、運転手仲間は。
あいつは人を殺したのではないか、と。
噂をしあうようになっていたのです。
とはいえ、
これはただ、「あいつは人を轢き殺したのではないか?」
と思われていた程度。
しかし。
劉が人殺しをした、というだけでなく。
彼が殺したのは、Mさんではないか、という。
より具体的な疑惑――いや、確信を持つ人がいました。
劉の、姉です。
ある日。
劉が、姉に借財を申し出ます。
理由を尋ねると、
新車を買いたいから、と言う。
何故買いたいのかを尋ねると、
最初は、タクシー会社にとられるお金が多すぎるので、
個人タクシーとして働きたい、と言っていたのですが。
姉が、資金提供を拒絶すると。
実は、今の車に死者を載せてしまった、
不気味なのでもう乗りたくない、と言い出す。
しつこくしつこくお願いしてくる劉に。
それでも、姉が拒絶を繰り返していると。
ついに激高した劉が、言ったのです。
金を出さないと、殺すぞ、と。
そして、続けて。
「自分はもう、一人の日本人を殺しているんだ、
もう一人殺したところで、大差はないぞ」
と、叫ぶように言うのです。
姉は驚愕し。
急いで新聞を取り出し、
Mさんのことが書かれた記事を指さして、
お前が殺したのは、この日本人か、と尋ねると。
そう、こいつだ、と。
劉は言い放ったのでした。
とはいえ。
この劉、精神疾患の病歴があり。
元々、言動が安定しておらず、
虚言を吐くことも多く。
その時の姉は、この弟の告白を、
信じようとはしませんでした。
――信じたくはなかったのでしょう。
しかし、その数日後。
劉が、激しく震えながら、姉に告げるのです。
白い服を着た女性の幽霊が、
毎日毎日、俺の所にやって来る、と。
劉の異様な様子を見、
異様な言葉を耳にした、姉は。
さらなる不安を覚え。
いよいよ、一人で抱えきれなくなり。
友人に、この件を相談します。
その友人が、早速警察に駆け付け、
この件を報告します。
かくして。
事件から一年近くが経った、1991年2月。
警察の捜査線上に、
ようやく、
劉の名前が浮上したのでした。