清朝末期(19世紀半ば)、
泉州(現在の中国福建省)に、周成という料理人がいました。
折しも、台湾の景気が良いことを伝え聞いた彼は、
商売で身を起こそうと思い立ち、
妻と子供を自分の親元に預けると、
家財道具全てを売り払って得た金と、
知人から借金した金を元手に、
台湾へと渡ります。
意気揚々と乗り込んだ台北ですが。
大都市には誘惑も多い。
暫くのつもりで遊んでいる内に、
妓女の郭阿麺という愛人も出来て。
その生活は余りに楽しく。
商売もせず、ただただ遊興に耽ってしまったため。
気付いた時には、周成は無一文になっていました。
これでは故郷に帰れない。
妻子にも、親にも、顔向けできない。
自らの愚かさに絶望した周成は、
自殺をしようと、河原へと向かいました。
しかし、その河原で、彼は、王根という男性と出会います。
王根もまた、様々な理由で死に場所を探していた人物。
ひょんなことで出会った同じ境遇の二人は、
即座に意気投合。
楽しく語り合っている内に、
二人の頭から自殺をしたいという願いは消え去り。
二人で手を組んでやり直そう、
そう約束を交わします。
その後周成は、今までの生活が嘘だったかのように、真面目に生まれ変わり。
資産家だった王根の親から、資金を出してもらい、
茶葉の店を開店。
王根と共に、朝から晩まで働き詰め。
三年後には、それなりに名の知れた茶葉商人になっており。
周成は、ついに郭阿麺を妻に迎えて。
心の底から、幸せな日々を送っていました。
しかし。
その一方で、ひどく辛い日々を送る人たちがいました。
故郷泉州に残した、両親と妻子です。
周成が家の全財産を持って行ってしまった上に、
借金も残しているのです。
その上、周成からは一銭も送られてくることはなく。
そもそも、連絡すらない。
生死すら定かではない周成を待ちつつ、
彼ら四人は、ろくに食事もとれない、
ひどく貧しい生活に耐え続けていました。
そんな中。
たまたま台湾からやって来た旅人から、
噂がもたらされます。
周成は、台北で成功しており、
妻と豊かに楽しく暮らしている、と。
それを聞いた周成の父は、怒りの余り昏倒、そのまま息を引き取ってしまいます。
悲嘆にくれた母は、直後に首を吊ってしまう。
残された妻、月裏は。
自らの身を売って、何とかお金を作ると。
料理人だった周成が置いて行った唯一のものである、
一本の方頭刀(長方形の包丁)を手に。
子供を連れて、台湾へと渡ります。
そして、暫く台北を彷徨った末に。
ようやく周成を発見。
月裏は彼を口汚く罵り、
そして、資産全てを渡すことを要求、
もし出さないのならば、裁判所に訴えると告げます。
これを見た周成の現在の妻、郭阿麺は。
月裏を宥めるみせかけて、
出したお茶に、毒を混ぜる。
月裏は、口から血を流し、
あえなく息絶えてしまいます。
郭阿麺は下僕に命じて、月裏の死体を井戸に投げ込ませます。
かくして、資産を守れた上に、死体の隠蔽も成功。
周成と郭阿麺は、安心して生活に戻ります。
ところが、ことはこれで終わりませんでした。
井戸の底が、冥府につながっており。
冥界の王より、月裏は、
悪霊となり現世に戻ることを赦されます。
そして、月裏の悪霊に取りつかれた周成は。
ある月の夜に、どこからか持ち出して来た方頭刀を手に、暴れだすと。
月裏の死体を処理した下僕に襲い掛かり、これを殺害。
さらに、悲鳴をあげて逃げまわる郭阿麺を捕まえると。
方頭刀を使って、生きたまま、その体を切り刻みます。
郭阿麺が息絶えた後も、体は切り裂かれ続けました。
その後、周成はーー周成に取りついていた月裏は、
郭阿麺の血を用いて、事の次第を記した書面を残すと。
その方頭刀で自らの首をかっきたのでした。
かくして。
周成、郭阿麺の死体と、井戸からすくいあげられた月裏の死体。
そして、自らの不幸を縷々と訴える、
血文字の遺書。
それらを見た周成の盟友、王根はひどく悲しみ。
身元不明の孤児として保護されていた、
周成と月裏の間の子、周大石を探し出すと。
彼を養子として迎え入れ。
愛情込めて育てるとともに、商売を教え込み。
周大石は成人後、王根の商売を引き継ぐと、
その商売はさらに拡大。
茶葉の国際貿易商として、
台湾はもとより、
香港や東南アジアでもその名を知られる、
非常に有名な富豪となったのでした。
そして、その社長室に置かれた祭壇には、
一本の、古い、刃こぼれした方頭刀が、
丁寧に置かれていたそうです。