報告書 from エミリオ曹長

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それぞれの戦闘結果の報告であります

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最初に言っておくが
原作も読ませていただいているのだがね。
かなりお気に入りな作品だよコレは。

まあ好きだからこそ、厳しく見てしまうのはあるのだ。

以下はそんな私の心情を含めて読んでいただきたい。





まあ設定的にかなり無茶はあるのだよ。

考えてみれば、小中学生の行うゲームの中の話であって
人が死ぬわけでもなし、ましてやポイント全失したとしても
記憶だけがなくなるというのは、むしろ安全に保たれたクールな遊びだとは思うのだがな。


リアルでの加速を使うメリットいう設定以外は、
正直そんなに人生の危機感を覚えるような設定じゃないわけだ。

だからドラマとしての魅力というのが今ひとつなのかも知れないがな。

ただ中学生なりの「世界の狭さ」というのがこの場合心理的な感情を持つのであって、
大人が見れば大したことの無いドラマでも、その世代からすれば結構共感を持つのかもしれない。

にしてもだ。
登場人物の思考が小中学生にしては大人びているのはある意味、
他のこの手の作品に順ずるリアリティのなさを感じるのだが、
一応設定上加速世界での時間を過ごす事により、その分の精神的な成長があるのでということになってはいるが、
私はここで一言言わせてもらおう。

所詮小学校や中学校生活やゲーム云々の世界を何時間も過ごした所で
人というのは成長するわけではない。

人の成長とはその年齢にそってその年齢に応じた苦難を乗り越え大人になるのである。
まあ言ってしまえば。受験、男女交際、S●X、結婚、出産、育児のみならず
親など家族との死別、生活での苦悩、責任、プライド、挫折、体(ホルモン)の変化などがその時間毎に起きるのが通常であって
それにより人は大人になるのだ。

結果、何が起きても冷静でいられる平常心やら、心のバランスというのは
「同じ時間の空間を繰り返し彷徨った」所で
大人のレベルになるわけではないのだ。

つまり、あの状態で加速世界にいても
精神的にゲーム中心で考える、バーチャルリアリズムに狂わされた精神だけが成長するのであって
あのような妙に大人びた子供にはならないと私は思うのだがな。

リアルでもそうだろう?
その苦労を回避した
否、逃げた人というのは実年齢と精神年齢がどうにも一致しないという事があるのだから。

それと。
加速世界での損傷はリアルでの痛みになって感じると設定されているが、
アレも無茶だな。
手をもぎ取られるばかりか、首を刎ねられるなど
もし感じたとしたら、リアルでは小中学生なら思い切り漏らすレベルではないし
そんなに痛い思いをして再び加速世界に行くなどと思うのは
正直「狂っている子供」であると思うよ。

もう少し考えた方が良かったかもな。

まあいい。所詮SFの話だ。



さて、色々な矛盾はさておき。

私が何よりこの作品の一番印象に残るキャラというのは

黛 拓武 少年 だ。

彼は幼少時剣道を通じていじめにあい、それがトラウマとなりあのアバタースタイルとなっている。
しかもそれを幼なじみであるハルユキとチユリには悟られないようにしていたという、まあ結構苦労人であるのだ。

しかし、そんな彼も家庭の事情や、一応の恋人関係になったチユリとハルユキの関係などなどが関係し、
ハルユキの敵になるも、ハルユキに負けた上に「オマエは絶対に俺には勝てない」と
バーストリンカーとして誇りを深くえぐられるかなり厳しい台詞をハルユキから吐かれる。

通常ならかなりネガティブな心情だと思うが、その後ハルユキの仲間になり
かなり難しい(下手をするとバーストリンカーとしての終わる可能性もある)といわれるレギオンの移籍までして、
さらには彼のサポートを繰り返し、また恋人であったチユリとも一旦恋人関係を解消された上に
チユリはさらにハルユキへの視線を大きくするのを薄々と感じなければならない状態になる。

コレはもう最悪としか言えないのだが、さらに彼の苦悩は続く。

敵の策に落ち、一度は非常に危険になるのだが
それもハルユキたちを守るために行動していたり
(結局ハルユキとチユリに助けられるが、その時はかなり厳しい状態だった)

ハルユキは知り合う女性達から次々とモーションをかけられるというのに、
同じレギオン内でハルユキ以外唯一の男であるにも関わらず、
残念ながら色恋の対象として見られないばかりか
「あ。お前いたのか?」的な扱いを受けたり
ハルユキ経由で心理技を教えてもらう事になったニコに至っては
最初と最後だけサラッと指導があっただけで放置プレイ状態だったという。


コレは…あまりにも残酷な設定キャラだとは思わないか?


今回アニメ化でかなりビ●チ扱いを受けたチユリの行動も
ある意味矛盾だらけで、
ドコからドコまで彼女の本音もあるのか分からないような印象も残ったのだが、
彼女の場合、結局サブヒロインとして返り咲くのだから良いとしても
このタクム少年の不幸は今の所、原作最新刊においても一向に考慮される雰囲気は無い。

どうか作者よ。
彼に少し努力した褒美を与えてやったらどうだろうか?



ところで、その他のサブキャラについてだが
パドがセイバーに見えて仕方が無いのは
中の人が同じだからか、それとも無口系バイク乗りキャラだからなのか?
いや…なんというかトータル的に考えれば

川澄綾子のためのキャラ

と言ってもいいのではないかと思わせたのであるが
皆はいかがだろう?

久しいな。




なかなか、面白い記述なので触れさせてもらうが。

http://togetter.com/li/305875




まあこうして考察したこの監督の文章は個人的意見と解釈して保留させてもらう。



最初に言っておこう。
私はラピュタが好きだ。


まあ、
この監督の「ジュブナイルになっていない」と言うのは正直違うだろう。

この手のシナリオはそもそも「子供がどうドラマティックに動き回るか?」が本流であり
読み手や鑑賞者と言うものはその矛盾の解決やリアリティは求めてないだろう。

しかもシナリオも分かりやすくないと、子供にも受けが悪い。

ジュブナイルとはそもそもそういった低年齢向け冒険活劇ではないだろうか?

でなければ大人向けバイオレンスやSFとの違いがよく分からない。
大人向けだからと言ってむやみに難しいわけでもないだろうがな。


そもそも、ラピュタのみ他の作品と比べ逸脱してジュブナイルでは無いとは、とても思えないのだよ。





それより何より、「失敗作だ」といったハヤオ氏よ。


ジブリは当時として、動画が滑らかであり背景も美しく
キャラ立ちもしっかりとしていて、分かりやすい。

それがウケた。
子供が面白いと言った。


それでいいのだ。


では何か?
それ以降のあの棒読みセリフの俳優達起用のジブリ作品がこの作品よりも優れていると言う事か?

シナリオ云々、ジャンル云々以前の問題で表現として問題ではないのか?


トトロが最高傑作だと?
ではジブリ=トトロと解釈しても良いのか?

ではジブリは童話を主とした製作をする
子供向けアニメーション会社と捕らえてもいいのだな?


なら大人向けのアニメに2度と口を挟むんじゃない。
畑が違うだろ?




頭を冷やせ馬鹿者が。
何をいつまでも過去の栄光にしがみついている?

ハヤオ氏の言うとおり「失敗作だとするならば」
それは現段階の自分の地位や評価に対しての不満を
過去の自作を持ち出して、
そもそも児童文学的なシナリオしか書けない自分への不満を言っている
たわ言に過ぎず、
まさに作品を愛するファンへの冒とくに他ならない。


アニメも時代とともに進化している。

今、過去のジブリ作品を現在の技術のアニメーションと並べて
新たな作品として発表したとして
正直大した評価も無いだろう。


あの時代だったから高評価なのだ。

結果をみろ。
数字をみろ。
ファンの声を聴け。


創作者が作品に対しどんな違った尺度からも
どんな哲学や思想を持ち込んで
反省したりするのも、自らの作品なのだから結構だろう。


だがな。


自分が生み出した…当時色々な条件の中で全力で作り出した作品を
「失敗作だった」
というのは違うだろう?

その作品の親だろう?オマエは?


つまり自分の子供にもそれが言えるのか?

ゴローは失敗作だったか?

やはりな。

それを自らが言うのなら、終わったも同然じゃないか。


「子供向け」の「映画」を作っているんだろう?

作品が評価されないのは、創作者が子供の考えとズレているからだ。


ウケ無いと今度は子供達のせいにするのか?


よく考えてみろ。



要約すれば

作品作って評価を見て、
最近ウケが悪いと、
妙な角度からまだマシだった過去の自作品はそもそも失敗してたと言って
理論や考察を複雑化させて自分の思想が正しいと言う。


さらには
自分の作品は大衆性をわざわざ低くしているという。
だが根本的に今の子供の環境が悪いと言う。
さらに他の作品が低俗だからいけないという。


つまり現実を見ないで矛盾だらけで、世間へ八つ当たりをしている、子供そのままじゃないか。


コレが子供向けの作品を作る大脚本家の頭の中だとしたら
その作品に含まれるメッセージは
既に十分最近の子供にしっかり伝わっている気がするがな。



最後にもう一度確認しておこう。

俺はラピュタという作品が大好きである。



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「Key」製作の恋愛シュミレーションゲーム(全年齢対象)が原作。
全22話(番外編が2話存在する:DVDに収録)。
アニメーション制作は京都アニメーション。
2007年にTBS他一部地域にて地上波放送。

支持率の高い、「Key原作&京都アニメーション製作」の感動系アニメ作品群の第3作目。


家庭の事情により多少不良の高校生の主人公と
彼を取り巻く女の子を中心として、原作の恋愛シュミレーションのような「ルート」様式を踏まえながらも、

新たなストーリー性を持ったアニメ。

家族愛を主とした作画もシナリオも非常に良い作品。

主題歌・挿入歌・BGMともに「完成」されているアニメといってもいいだろう。


コメディタッチな部分も多く終盤まで通して笑い要素もあるのも特徴。
アングルやカットも細かい作画などいかにも京都アニメーションらしい手の込んだもので、
十分な納得度をもっている。


個人的に私が思うところの、近年のアニメで最も素晴らしい作品であり、

このアニメを超えるラブストーリー系(家族愛をテーマにした)作品が今後出てくるのだろうか?と思うことさえある。


元々はシュミレーションゲームであっても、その内容を熟知する事で

原作の良い部分を上手に抽出し、新たな脚本を設けるにしても

原作を愛するもの、また新たにアニメ化によりファンになった人をどう納得させるか?

また、原作の空気感をどう捕らえるべきか?をよく考えていたスタッフなど製作者側の努力が伺える。


ちなみに、DVD付属のパラレルワールド(本作ヒロイン以外の恋人選択ルート)的
OVA作品「智代編」も1話存在し、30分ながらラブストーリーとして秀作である。




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週刊少年サンデー」に連載中の漫画(畑健二郎:著)が原作。
全52話。
アニメ製作は「SynergySP」。
2007年4月1日からテレビ東京系にて放送。



両親に超高額の借金を押し付けられた主人公の高校生は、
ちょっとした勘違いから超ド級な大金持ちのヒロインに好かれ、
彼女の屋敷で執事として働く事になった…。



関東では日曜午前、地方では夕方枠で放送した事もあって

この手のアニメにしては知名度が高い作品。

ただ、それなりに脚本も深夜系よりは控えめになっている。


この作品の良さはなんと言ってもギャグやパロディのテンポの良さ。

声優人も相当苦労したのでは無いだろうか?


その分しんみりとか和む要素は「無」に等しく、
ストーリー性はあるもののかなり少ない。


ちょっとした細かいシーンでのパロディやブラックユーモアを
楽しめる心の広いアニメファンにはオススメできる。




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原作はユニゾンシフト:ブロッサムの18禁アドベンチャーゲーム。
アニメ製作は「スタジオバルセロナ」
2007年7月に地上波放送。
全12話。

突如、園芸部に入部する事になってしまった高校生の主人公は、
ジュースを飲んだら、縫いぐるみに変身してしまったが…。

まあそれなりに分かる人は分かるのだろうが

キャラデザは「いとうのいぢ」の18禁のエロゲ…。


まあそれなりに人気はあったようだが、アニメはというと


深夜枠にも拘らず、確実に子供向けアニメであった。

正直、大人が楽しく観れる内容では無いが、
子供向けと考えればそれなりにシナリオも良い。

一切のエロシーンは存在せず、
常に低年齢視聴者向けの甘酸っぱいラブストーリーとして進行し、
ヒロインは変身系の魔法使いという王道であったりする。
(高校生設定なのに痛いぞ)



何がどう間違ってそうなったのか分からないが、

とにかくも原作を知っている人はガッカリで

情報無しの人は「何で深夜にやってんの?」的なアニメであるので注意したい。


また厚生省云々のネタはスルーしても良い話である事を加えておこう。