わたしがブログを始めたもうひとつの理由
それは、、、


担降りブログを書いてみたい!
更新2回目にして担降り!?って感じですよね。
いろんな人の担降りブログを読んできました。
長すぎてスクロールをするのも大変なほどの愛が詰まった文章。
読むだけで部外者のわたしでも涙が止まらない!!わたしもそんな文章を書きたい!!
という訳で今回はわたしが髙橋海人くんという沼にどっぷり落ちるまでの経緯を綴ろうと思います。
担降りじゃないんです。沼に落ちるって話です。わたしは元担から今の担当に降りた記憶が無いんです(笑)まぁとりあえず読んでみてください(笑)
ただの自己満!!最高!!!()



わたしは元々SexyZoneの中島健人くんが好きだった。
デビュー前、B.I.Shadowの頃からイケメンだなぁって思っていて、デビュー握手会にも足を運んだ。そして迎えたSexyZoneの1stコン。そこから2014年のセクセカコンまで中島健人一筋のヲタク。そこで出会っちゃったんだなぁ~~髙橋海人という天才に。あんなゴリ推しされてたら、あんな変な声だったら、嫌でも顔と名前は覚える。わたしの中の髙橋海人の第一印象は声が高くてダンスが上手な推されJr きっと誰もがこの印象だと思う。わたしの元担(?)である中島健人を尊敬する先輩として名前を挙げてくれていた。あぁ良い子だ!!本当にそれぐらいにしか思っていなかった。そんな中の迎えた2014年5月5日の1部公演。スタンド1列目。今までの人生で中島健人に構ってもらったことは1度もない。スタトロで自担が通ることは確か。今回も干されるのか、、せめて誰か1人でも構ってくれ、、その頃のわたしは所謂ファンサ厨って奴だった。そして始まったコンサート。スタンド1列目はもちろん視界良好。キラキラしてる自担に他のメンバーにJrに目を奪われた。そして事件は起こった。MC前のYoungandbeautiful。スタトロに聡マリ+Jrが乗ってきた。その最後尾のスタトロにマリちゃんと髙橋海人が乗っていたのだ。あの頃の髙橋海人と言えば良い印象を持つヲタクはあまり多くなかった。みんなが髙橋海人を批評していた。実際、わたしもその中の1人だった。何でいきなり出てきた新人がマイクを持っているんだ、センターに立っているんだと。もちろんスタンドのみんなが手を振るのはマリちゃん。髙橋海人の手が悲しく宙を舞った。その手が凄く綺麗で細くて壊れそうで、失礼ながら当時自担からのファンサを貰えないわたしにとって絶好の大チャンスだと思った。だから思いっきり手を振った。他のヲタクとは違う方向に手を振った。一生懸命。そうしたらまだ幼さが残るニコニコした笑顔で手を振り返してくれた。しばらくはきっと放心状態だったと思う。そこからMCが終わり、Jrコーナー。現Mr.KINGメンバーが歌う絆と愛は味方さ。「こんなにカッコ良かったっけ??」わたしは髙橋海人という沼に知らぬ間に落ちてしまっていたのだ。あのときは本当に驚いた。少し前まで全然好きでもなかった、寧ろ好きか嫌いかと聞かれたら嫌いと答えるような人の魅力に気付いてしまったのだ。そこから過去の少クラを見返した。地上波とCSのガムシャラも見た。ドバイのメイキングも見た。発売当初は髙橋海人の声が嫌いでそこのシーンを飛ばしていた自分を酷く最低だと思った。でも中島健人という存在は大きかった。担降りなんて考えてもいなかった。でもその年のセクゾの夏コンには髙橋海人の団扇を持っていた。そのときのわたしはまたファンサが貰えるだろう、そんな安易な理由で海人団扇を持っていただけな気がする。怒涛の3部連続参戦。心底疲れた。1部2部は400レベル。ファンサなんて夢のまた夢。そして迎えた3部。200レベル前列。何の曲だったかなぁ。赤い衣装を着てマイクを持っていた髙橋海人に全力で団扇を振った。そうしたら5月と変わらない笑顔でわざわざ歌っていたマイクの手で手を振ってピースをしながらまた手を振ってくれた。神だと思った。こんなクソ中学生のために歌うのをやめてくれた彼を本当に本気で好きになろうと思った。その思い出その年の夏を乗り切れることが出来た。凄く嬉しかった。それと同時にこんなにハマるならクリエもドリボも応募すれば良かったと心底後悔した。そして迎えた11月16日のSexyZoneデビュー3周年握手会。まだ現役中島健人担。アルバムのシリアルイベントは尽く外れていたので久しぶりの握手会。もちろんテンションはMAX。朝早く家を出て、デビュー握手会思い出の地へと向かった。わたしはギリギリ1部の2番目の回に入ることが出来た。1番目の回に入った人のレポを読んだので髙橋海人がいるということは把握済みだった。ただただ嬉しかった。その日も海人団扇を持っていた。握手前のトークメンバーは勝利+現Mr.KINGだった。周りを見渡せば勝利紫耀廉の団扇だらけ。もはや海人団扇はわたしだけだった。確実に。それを持ちながらトークを聞いていた。あぁ海人くん私服可愛いなぁ。紫耀くん髪色汚いなぁセルフかなぁ。勝利顔小さいなぁ。廉くん久しぶりに見たなぁ。ギリギリに入ったというのに押されて押されて真端のほぼ最前で聞いていた。トークコーナーだからファンサというファンサはなかったものの、確かに彼の瞳にはわたしの団扇が映っていたであろう。じっと見つめてくれた瞳に感謝でいっぱいだ。そして4人がテントに戻り、握手の準備が始まった。運良く、わたしがトークを聞いていた場所側からテントに入る流れだったので手前にいた現Mr.KINGの3人のテント内でのワチャワチャを見ることが出来た。真ん中に挟まれた彼は本当に可愛かった。ただ好きだと思った。何も伝えることが出来ずに握手は終わってしまった。最後が自担だった故に握手したときのことはほとんど覚えていない。でも3回目から高校の説明会に行くために抜けた髙橋海人。運命だと感じた、単純なわたし。その冬の舞台も双眼鏡で髙橋海人を追いかけた。春になりセクパワとクリエの季節になった。中島健人の団扇はセクセカが最後だった。でも降りる勇気はなかった。だって彼にだってたくさんの幸せを貰ったから。ファンサみたいに目には見えなくてもわたしの日常をキラキラと輝かせてくれたのは紛れもなく彼だったから。CDは全形態揃えた。DVDも買った。写真集も公式写真もグッズも買った。デビューから応援して小学生中学生にしては痛い出費だった。それでも苦ではなかった。後悔もしていなかった。彼がいなかったら今の自分がいないことをきちんと理解していたから。でもソロコンへ行ってもセクゾコンへ行っても団扇は振らなかった。持っていくのもやめた。カバンの中には見学で髙橋海人が来たときように海人の団扇を入れて現場へ行っていた。第三者から見ればこの時点で担降りをしている、というだろう。でも明確な決め手がなかった。初耳学は1度も見たことがない。雑誌を開いて1番に見るのはMr.KINGのページ。公式写真もCDも買わなくなった。それでも中島健人用のSNSアカウントは削除しなかった。想い出を消してしまうような気がした。頭の中は99%髙橋海人なのに1%を占める存在を自ら捨てるようなことは出来なかった。そのままズルズルとここまで来た。今年のソロコンは1stコンからずっと当選続きだったのに初めて外れた。チケットを探そうとは思わなかった。そして先日ケータイを水没させてしまい、中島健人用のSNSにログインすることが出来なくなってしまった。新しく作り直そうとは思わなかった。あぁこれで本当に終わりなんだなと冷めた感覚で捉えた。ずっと前に終わってたのかもしれない。将又今回のこの2検索で終わったのかもしれない。もしかしたら今もこの先もずるずる引きづっていくのかもしれない。そう思うと少し不安だ。でもわたしは髙橋海人がこの世で1番好きだと胸を張って言える自信がある。2014年5月5日から今日まで嫌いになったことなど1どない。飽きたこともない。こんなのジャニヲタ生活で初めてだ。だから怖い。未知の世界。でも、だからと言って、髙橋海人から離れようとは思わない。こんなに素敵な人を今手放したら、きっと来世まで後悔する。先のことなんて考えずに今、この瞬間の感情に身を任せようと思う。今がたのしければ、今の髙橋海人がすきならば、それだけで充分だ。 



だいぶ長くなってしまったけれどこれがわたしが書きたかった担降りブログ(もどき)
話の3割強中島健人だけれど許して(笑)
これを書いてみて思ったことは
やっぱり髙橋海人最高じゃん!

あ~~好きだよかいちゃん!!!!
わたしはあなたに出会えて、ファンになることができて、幸せです!!!!