隣の部屋から聞こえる物音。
ガサゴソと何かを漁るような、そんな音。
部屋には防音がついてはいるが、聞こえるモノは仕方がない。
ただ、とてつもなく耳障りだ。

紙へと走らせていた手を止め立ち上がったジャクス。

「隣の部屋は水都がいたはずだよな。何やってんだあいつは」

まだ水都が部屋を出て、ラクルが部屋を散策していることをジャクスはしらない。

「集中出来ない。薬でも切れたのか…それならつまんでメフィスへ引き渡さないと面倒だな」

アンフェタミン中毒(覚せい剤)の水都は、薬が切れると幻覚や幻聴に犯され暴れ出す。
それを止めるのは大概ジャクスであった。

そして今回もいつもと同じだろうと思い、しぶしぶ水都の部屋へ向かうことにした。
ジャクスの部屋である402号室を出て401号室へ。
自室の扉を開けて外にでると目的地である隣の部屋の前に人影があった。

「…」

「…」

見つめ合うこと数分。
どちらも口を開かない。
正しくは、開きたいがタイミングを見失った。
そんなとき階段を上がる足音と共に女性の声が聞こえた。

「琴葉さーん!なんでひとりでに行っちゃうんですか」

琴葉。それがこいつの名前か。
一度声を発した女性を見て、扉の前にいる人。琴葉をジャクスは再び見た。

「此処で何をしている」

「すみません。あまりに物音がするので何かあったのではと思いまして」

作った笑みを顔に貼り付けた琴葉は、お前は何だとこちらを見る。

「知らん。俺も気になったから調べに来たんだ。後は俺がやるからさっさとどっか行け。この部屋の住人は薬中(薬物中毒)なんだ。下手すると興奮を増やすだけだからな」

「そうですかわかりました。ではまた」

軽く会釈をし琴葉は女性を連れて階段をおりる。
彼の目には、光がなく、奇妙であった。




「琴葉さん。今の人は…?」

ジャクスと別れた琴葉は由姫と共に階段を降りていた。

「402号室のジャクス。仮想現実断裂症候群。簡単に言えば、どこまでが現実でどこまでが空想なのか分からなくなったって病気だね」

「なんか、見つめ合ってましたけど」

「違うよ。いろいろ思うことがあってね」

「…琴葉さん、あっち系の人間だったんですか」

「誤解しないで。今君が思ってる事は絶対に違うからね」

「じゃあ、何を考えてたんです?」

「彼、前科持ちだからね。この病院に来る前、女の子を1人殺してる。でも、精神障害があったから牢屋に入ることはなかったんだけどね」

琴葉の説明を聞いた由姫は「むむむ」と首を傾げた。
うーん。えー…うー。と唸りながら考える。
そしてようやく考えが浮かんだのかパッと顔を上げた。

「つまり、今回の事件の犯人ではないかって疑ってたんですね!早速逮捕しましょう!」

「待って待って。彼は多分、今回のには関係ないよ」

「ほえ?」

今にもジャクスのもとへ駆け出しそうな由姫の手を掴んだ琴葉は、その容姿と雰囲気から考えられないような冷たい笑みを浮かべて言った。

「今夜も誰か死ぬ。ちょっと、見てていようか」