kai4001さんのブログ

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彼は言う。





「生きることは死につつあること」であると。

私たちは自分の一生を毎日何気なく送りつつ、知らないうちに死に一歩ずつ近づいて行っているのである。



この死と私たちが体験した「卒業」とはとても深いところで大きく関っているように思える。

私たちがこの世界に生をうけ、長い歳月を経て死ぬことを、新しい世界に生まれまた違う世界に旅立つことと捉えるのなら、高校における入学が誕生、卒業が死を意味するのではないだろうか。
その限られた3年間という人生。
終わりが明確に見える時。
私は精一杯楽しめたのだろうか。




 私たちは卒業と言うプロセスを組むことで、新しい道に進む決心を持つことができるのであろう。

書きかけの手紙。

未完のドラマ。

蕾のまま枯れてしまった水仙。

はめることなく欠けてしまった最後の1ピース。

完結が生まれないところに新しい道はない。



 卒業という門をくぐるとそこには各々異なる進路が見えてくる。

卒業は終わりではない。
永遠に続く道程と岐路のスタートである。

誰かと交わったかと思えば、岐路が見え一人きりで歩き出す。

誰かの笑顔が揺れる。

自分の道を思えば彼方と一緒に行けはしないけど、一緒に居たことは忘れない。



卒業は私たちに とって過程に過ぎないのだろう。

別れを私たちに告げるけど、それは再会の誓いを立てているのではないだろうか。



そして春は過ぎ行く。

過ぎた春を桜が散るように一片(ひとひら)一片重ねるのを数えると、寂しくはなるけれど、また一歩進むことができる。















「僕は…頑張れる」










ひらひらと桜の花びらのそのひとつひとつに。

思い出がつまってゆらゆら風に揺れて散り始める。

今までの大切だった瞬間が桜の花びらに重なり思い出される。


流れ行く時刻。


今までのありふれた生活、いくつもの忘れてしまいそうな何気ない大切だった日々が今思い出に変っていく。

ここからがはじまりと思えたなら…

三度目の桜は
空へ舞い上がって行く。




 いつか彼方の行く手に滔々と流れる河が立ち塞がった時、そっと後を振り返って見て欲しい。

いつか別れた誰かがずっと手をふっているかもしれない。

誰も居なくても君の歩んできた道は誰かの別れを惜しんだ岐路とともに繋がり続けている。

あなたの前に立ち塞がる河がどれだけ大きく、暗く深く向こう岸が見えなくとも、岸がない河はない。


その先に道は続いている。


さくらが春風に揺れるとき、誰にも踏み出すときは必ずやって来る。




いつか訪れる再会の誓いを胸に












また一人、歩き出すんだ