もうひとりの自分を思い出す・・・

もうひとりの自分を思い出す・・・

これまでの歩みや、セラピストとしての日々を通して感じたことを、 ゆるやかに綴っています。

私が数年前
セラピーを受けたとき

セラピストの言葉に
胸の奥で
何かが、すっと引いていきました
 

「私は大丈夫」
「悩みがないんだよね」
「私は道を間違えたことない」
「だから、私に安心して任せて」
 

その言葉は
信頼に値する
真実かもしれません
 

けれど

弱さに触れないことで
自分を守っている人も
います
 

それは
間違いではないし
責められるものでもありません
 

ただ
癒しの場では

見ないふりをしてきた痛みや
言葉にならなかった罪悪感が
ふいに
顔を出すこともあります
 

悩みがないのではなく
悩むことを
自分に許してこなかっただけ
 

ある精神科医が
こんなふうに書いていたことがあります

一度、メンタルを患った人ほど
次元が上がる
――そんな例えでした
 

壊れたから
上に行く、という話ではなく

一度
自分の世界が
根底から崩れたことで

それまでとは
違う視点を持つ
 

痛みや
苦しみの限界を
身をもって知ったからこそ

人の心を
平面ではなく
奥行きで感じられるようになる
 

セラピストは
整っている人である必要はない
私は、そう思っています
 

むしろ
一度、どん底を味わい
自分の弱さと向き合ってきた人ほど

言葉にならない闇の前で
慌てずに
そこに、座っていられる
 

私は
「何もないふり」をしない
セラピストでいたい
 

痛みがあるなら
痛みがあったと言える
 

揺れたなら
揺れたと認められる
 

その在り方が
誰かの心に
ほっとする瞬間を
つくることもあると思います
 

2026年の目標を聞かれて
ふと
この日のことが
思い出されました


今年もどうぞ
よろしくお願いいたします

Kai