ー1980年愛してた。。だから、彼女は彼を撃った。
愛すれば愛するほどそのひとを自分だけのものにしたい。
恋をすれば誰でも少しは芽生える独占欲という感情。
誰だって人を好きになればその人を奪われたくないと思うもの。
それ自体は悪い感情ではありませんが、時にはエスカレートしてしまって相手を殺して自分だけのものにしてしまいたいと思う瞬間もあるでしょう。
全米を騒然とさせた殺人事件は、いかにして起きたのか
1923年オハイオ州で生まれたジーン・ハリス。
1945年にスミス大学を卒業し、私立大学の校長を経て、1977年には名門お嬢さま校マデイラ・スクールの校長に就任
社会的に成功し、上品なジーンは人々からは、〝自制心があり、礼儀正しい人″と言われてた評判の人格者でした
しかし彼女は、嫉妬に駆られて32口径の銃で恋人を殺してしまう。
彼女に下った判決は第二級殺人罪。
〝評判の人格者″ だったジーンはなぜ殺人を犯してしまったのか?
マンハッタンのディナーパーティーでジーン・ハリスは56歳心臓外科医ハーマン・タワーと出会う。
それは1966年のこと、ジーンは42歳でした。
その時点でジーンは一度結婚し、二児ををもうけますが離婚していました。
ふたりは既に社会的に成功しており、すぐさま惹かれあいます
交際が始まるとふたりは将来について真剣に話し合うようになる。
周囲の人々はふたりは結婚するだろうと思っていたが、結婚はしませんでした
心臓外科医のハーマン・タワーはブルックリン育ちで、ジーンのように恵まれた環境で育ちはしなかったが、自力で心臓外科医になり、自分の診療所を持つまでに成功した男性でした
ふたりは週末をニューヨークで過ごし、暇を見つけては旅行に出かけた。
1979年ハーマンはダイエット本、「スカーズデイル・ダイエット」を出版したのをきっかけに10年以上続いた良好な関係にヒビが入っていくことになります。
出版した本はベストセラーになったが、ハーマンはその本の出版に多大な貢献をしたジーンをないがしろにし、ベストセラーになったのにジーンには少しも感謝せず、お金も払わなかった
さらにジーンより8歳若くハーマンの病院てま働く37歳の看護婦リン・トライフォロスに入れ込んでいた
リン・トライフォロスはジーンの神経を逆なでするように、電話をかけてきたり、手紙を出してきたりした。しかもリンはハーマンと同じ職場でいつも一緒にいる。。
「スカーズデイル・ダイエット」の口絵写真にはハーマンとリンが仲良く並んだ写真が掲載された。その時彼女の心を占めたのは狂ったような嫉妬でした。
これまでもハーマンの浮気はありましたが、大人の女性として目をつむっていたジーン。しかし今回ハーマンはリンに本気になってしまいます
10年も付き合ってきた私を捨てて、あの男は私より若くて美しい女にあっさりと乗り換えた。わたしのことなどさっさと忘れてしまうだろう。
そう思うと憎い。そして誰にも渡したくない。
ジーンはまずハーマンの浮気とないがしろにされて、さんざん苦しめられ恨みを便箋10枚以上に書き綴った。
しかしそれでも気がおさまらない彼女は32口径の銃をバックにつめ、ハーマンの家へと向かった、
そしてハーマンの家で女性用の下着を見つけてしまう
ジーンは半狂乱になり、ハーマンはジーンを落ち着かせようとしたが手がつけられない錯乱状態になり、4発の銃弾を恋人に撃ち込んでしまう。
しかしジーンの便箋に書いた、ハーマンの愛人に対する口汚い罵りとハーマンに対する恨みと怒りで溢れていた内容が証拠となり逮捕。
ジーン・ハリスは第二級殺人罪に問われた。
もちろん犯罪に走るのは絶対にいけませんが、なんだか悲しい話です
才女でもあるジーンは刑務所内で、囚人たちが釈放された後で職にちゃんと就けるように教育し、本まで出版した根っからの教育者だった。
ジーン・ハリスは2012年89歳で死去し、2人の息子デビッドとジェレミーと共に眠っている。
果たしてジーンはハーマンを殺したことを後悔していたのでしょうか?それとももう誰にも奪われないと満足していたのでしょうか。