【お札と火事の都市伝説】
お札に描かれた建造物が火事になっているという都市伝説は全てではないのでたまたま狙われただけでは?
定義として火災が起こるより以前にお札が発行されていたかということ
100円札〈板垣退助/国会議事堂〉は火事になっていない
発行年数は昭和28年(1953年)から昭和49年(1974年)までの20年間で火災以降に発行されている
国会議事堂の火災は1948年2月26日午後3時半ごろ国会議事堂裏記者会館から出火、風速12メートルの強風にあおられて、たちまち隣の総理庁に燃え移り、さらに国会常任委員室を全焼。政変最中の首相官邸にも危険が迫ったが辛うじて食い止めた
100円札〈聖徳太子/法隆寺の夢殿(ゆめどの)/法隆寺〉は1930年から1956年までの間に4種類発行された
1930年の一次発行のお札には夢殿が描かれていたので
火事になっているといえる
昭和24年(1949年)1月26日法隆寺の金堂が火事に
三次発行券のみ夢殿が描かれていない
聖徳太子の100円札は4種類あり裏面に描かれているのは全て法隆寺
日本銀行が描かれた100円札は存在しない
かつて伊藤博文の1000円札には日本銀行が描かれていたが関東大震災より後に発行されていたため予言にはなっていない
1000円札〈伊藤博文/日本銀行〉に描かれた日本銀行は1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災で火事になっているがお札の発行が後のため火事になっていない
伊藤博文肖像の1000円札は1963年11月1日から1986年1月4日まで発行された
5000円札〈聖徳太子/日本銀行〉は関東大震災より後の1957年に発行された
2000円札〈首里城の守礼門/紫式部と「源氏物語絵巻」の「鈴虫」の詞書と絵〉は首里城が火事に
2000年(平成12年)7月19日に発行が開始
10000円札〈聖徳太子/法隆寺〉は昭和24年(1949年)1月26日法隆寺の金堂の火事の後の1958年から発行されている
一万円札に聖徳太子が描かれていたのは1958年から1986年まで発行されたC号券です。この一万円札の裏面には鳳凰が描かれており透かしには法隆寺夢殿が使用されていました
新10000円札〈東京駅〉はどうなるのだろう!?
新1000円札〈北里柴三郎/葛飾北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」〉「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」は神奈川県横浜市神奈川区沖の神奈川湊から富士山を眺めたアングルで描かれています。具体的には東海道の宿場町「神奈川宿」の沖合、現在の横浜港付近から東京湾上を航行する船の視点から富士山を捉えた構図











