「い・ず・み・だ・セ・ン・パ・イ♡」

昼にコンビニの新発売の焼肉カルビ弁当なるものを食べていると耳元で女性の囁やき声が聞こえた。


あぁ……。


この声はとことんオレを憂鬱な気分にさせてくれる……。


「薬師寺くん。君、昼食は?」

「センパイとカフェに行こうと思ってましたのに……。そんなモノ食べてるからアタクシ、ガッカリしてますの。」

彼女は目尻にハンカチを当てて涙を拭う仕草をした。


他のヤツ等は彼女のそんな仕草に騙されるが、研修を担当してひと月半。

オレはこの女のこの仕草が『泣き真似』であることを知っているし、もう騙されることはない。


彼女は研修中のキャリア警察官・薬師寺涼子。

東大をストレートで卒業して(もちろんストレートで入学している)、在学中に司法試験、外交官試験、国家公務員採用Ⅰ種試験に合格している。

そんな前途洋々のキャリアの彼女の研修をノンキャリのオレが担当している。


何故ノンキャリのオレが彼女の研修を担当することになったのかは分からない。

ただずいぶんと上の方からのお達しがあったという。


先輩が少し上の偉い人から聞いた噂によると『警察OBでもあり、JACESという世界規模の警備保障会社のオーナー社長でもある彼女の父親が直々に娘の研修担当者としてオレを指名した』とかいう。

もちろんこのJACESは警察官僚の天下り先でもある。


そんなJACESのオーナー社長が直々に指名したというのだから警察内部でも逆らえずノンキャリのオレが彼女の研修担当者に選ばれた……らしいのだ。


きっと社長令嬢でチヤホヤされて育ったお嬢様だから、人畜無害そうなオレに白羽の矢が立ったのでは?というのだ。


「カフェって……。急に事件が起きたりしたら対応出来ないだろ?」

「大丈夫。だってアタシがいるところに事件が起こるんですもの。」

「………。」

「泉田センパイ。」

彼女はオレの隣にある自分の席に座ると長く細い脚を組んだ。

「ね?もうすぐ研修も終わりじゃないですか。」

彼女のハイヒールの爪先は椅子に掛けたオレのスーツの上着の裾を絡めて弄んだ。

「もうすぐって……やっと折り返し地点だろ?」

「アラ。でもあとひと月半でセンパイとお別れよ?あと少ししかないじゃないの。」


あとひと月半もあるじゃないか!

オレは心の中で毒づいた。


「覚えてます?アタシが前に言ったこと?」

「?なんのことだ?」

「お・れ・い♡」

「お礼なんて……」

『要らない。これがオレの仕事だから』と言いかけたところで彼女の細い指がオレの唇に触れた。

「お礼しないとアタシの気が許さないの。断るなんて許さないわ。センパイ♡」


寒気がした。

背筋がゾッとした。



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