一面の黒い霧。
霧の世界。
夢の中で
私は旅の一座に出会う。
時代は中世ヨーロッパ。
何世紀なのかわからない。
国はフランスかイタリア辺りの感じ。
その中で
旅の一座に出会った。
一座の中には障害者が多かった。
小人症のもの、腕が無い者、盲目の者。
数えあげたらきりがない
彼らは裕福な商人の家々や
街を渡り歩き
異国の世界の話を面白半分に語ったり
芸を見せたり
歌を唄ったり
見世物役のもいた。
それで日々の糧を得る。
そんな様子を
私は外から眺める。
楽しそうだな。
そう思い、見るだけにして引き返そうとした。
その時、背後から誰かに声を掛けられた。
誰だろう?振り返ると
そこに20代くらいの男性が立っている。
薄汚れた身なりをした(この時代の庶民はみんなこうみたいだ)男性が
私に声を掛けてきた。
白人で面長、栗色の長髪を一つに束ねた青年、
面立ちからして、かなりの男前だ。
「あんた、あんたに話を聴いてもらいたいんだ・・・」
言うか言わないか
彼は泣き崩れた。
わたしは何のことなのか、さっぱりわからない。
とりあえず、「あなた大丈夫ですか?」声をかけながら
背中を擦る。
男性がおいおい声をあげて泣く。
どうしたらいいのかわからなくて
彼が落ち着くまで、しばらく彼の背を擦った。
しばらくして落ち着いたのか、彼は喋り出した。
「お願いです。聴いてください。どうかあんたが俺を裁いてください」と、
泣きながら語り始めた。
自分たちはいつのまにか一座にいた。
体が不自由な者はここに捨てられることが多かった。
最初っから捨て子もいた。
みんな家族を持たない、厄介者の集団、それがこの一座だ。
たぶんこのころの一座というものは、こんなものかもしれない
みんな親方や先輩衆から芸を仕込まれていく。
覚えられないものは鞭で叩かれるか、素手で殴られるか。
それで死ぬ者もいる。
自分はその中に気が付いた時にはいた。
一座で芸を売りながら、街から街へ渡り歩く。
そんな生活で彼もいつしか一人前になってきた。
彼は若手の中では一座の中心的な存在になりつつあった。
理由のひとつに、若者の中で彼だけが五体満足だったのもある。
明るいキャラクターと話し方、面白い仕草をし
みんなを楽しい気分にさせ笑わせる。
人を喜ばす仕事。
彼なりに仕事に生きがいをもって励んでいた。
たとえ周りから変わった目で見られようとも
蔑まれようとも。
彼は一座の中の盲目の少女に恋をしていた。
金髪で目元が愛らしい少女。
歳の頃は17,18才くらいか。
相変わらず彼らは薄汚れた身形をしてるが、
それでもどこか輝くものを秘めてる、そんな少女に彼は恋をした。
この少女は目は見えぬ声も発せなく(どうも聴覚にも異常があるらしい)
一座の雑用・・・中でも一番いやがられる仕事を彼女はしていた。
彼はなかなか想いを打ち明けれなかった。
いつかきっと自分が一座の本当の中心的存在になったら。
いつかきっと。
秘めた思いを隠していたが。
ある日、一座の遊興先の商人宅でのこと。
その商人の息子が面白半分に
その娘に手を出した。
単なる興味本位で手を出したのだ。
彼はその商人の息子が娘に手を出すことを知っていた。
だが彼らは逆らえない。
しかし彼の饒舌な語りで嘘を付いたら
きっと娘の危機は回避されただろうと思うのだが。
彼は自分で知りながら、あえて何もしなかった。
心の内では、商人の息子に気に入れられれば、
娘もいい思いができるかもしれない。
もしかしたらそのまま気に入られ、下女にでも雇ってもらえたら?
そうしたらこれは彼女の出世にもなるのではないか?
いつまでも薄汚い・・・人から蔑まれる一座の、それも雑用女など。
そんな場所からとっとと足を洗える。
彼は彼女のためを想って、あえて黙っていた。
そして事の顛末は・・・
娘は突然のことで気が動転し、
ショックでおかしくなった。
娘はその日を境におかしくなり
ある日突然姿を消した。
数日後、近くに流れる川から娘の遺体が上がった。
その遺体を前に、彼は泣き崩れた。
「どうして逃げ出すきっかけを作ってやれなかったんだ・・・」
「俺の口なら、あいつらをうまく騙すことができたし、彼女を救うこともできたのに・・・」
彼は嗚咽した。
彼は彼女のためを想って、あえてそのままにした。
それがこんな悲劇を生むなんて。
考えられなかった。
「俺は俺を許せない。あの娘を助けてあげれなかった、なんて可哀相なことを・・・」
泣きながら語る彼。
わたしは何を彼に語ればいいのだろう。
「あなたはあなたなりに、彼女を愛してたんですね。」
そういうのが精一杯だった。
でもたとえ一座の中の一番嫌がられる仕事でも
彼女は誇りを持って、仕事してたんじゃないのかしら。
あなたは同情してたけど、きっと彼女は幸せだったと思うわ。
だって彼女は仲間と一緒に居られるだけで、とても嬉しそうに見えたし。
仕事でも、とてもがんばってたように見えるわ。
たとえ汚い仕事を任せられたとしても・・・ね。
あなたは彼女のためによかれと思って、見過ごしたんだね。
でも彼女はみんなに裏切られたと思ってるみたい。
そしてレイプが死ぬほど怖かったのね。
繊細な彼女には耐えられない世界だったのね。
(目も耳も悪かったおかげで性には疎かったらしい)
どうやらあなたは行き違えてしまったみたいだね。
生前の彼女はあなたのことをとても頼りにしてたみたい。
兄貴みたいな存在で憧れてたみたいよ。
とても眩しかった存在みたいだったね。
わたしの話を憔悴しきった様子で聴く彼。
そして話が一段落したら、
また「俺を裁いてくれ!」懇願する。
「裁くのも何も
私は神様じゃないし、神父さんでもないよ。
ただあなたが一番わかってるでしょう?
これ以上何をあなたに言うことがあるの?」
「お願いだから、裁いてくれ」とまだ言う彼。
「あのね、彼女はそんなこと望んでいない!」
贖罪なんて求めていないのよ。
彼女はただ怖かった、と言ってるの。
みんなに裏切られた、と思ってたの。
「もし悪いと思うなら、心の中で彼女に謝ったらどうかしら?
でもあなたはあなたなりに彼女を想ってたのよね?
その思いはちゃんと彼女に伝わってると思うわよ。」
どれだけ話したのだろうか。
彼は話すたびに
どんどん落ち着きを取り戻していった。
その後、突然彼が
「もう仕事に戻らないと。ありがとう。あんたに感謝するよ。さようなら!」
手を振り、黒い霧の中、さっさとどこかに消えてしまった。
あれ???
黒い霧の中、呆然と立ち尽くす自分。
彼は勝手に話掛け、そして泣き崩れ・・・俺を裁け!と懇願して、私を放さない。
まあ騒がしいこと騒がしいこと。
おまけに納得したら、突然消えるなんて!
何て奴なんだろう。
でも悩める人間なら、あんな態度取るのも無理はない。
私がいい例だわ。
聴いてもらうだけで救われることもあるのよね。
それにしても彼はなんてハンサムだったんだろう。
内心、娘さんが羨ましいと思ったり。
あんなハンサムから口説かれて、嬉しくない女はいないだろうに、
と思ったり。
そんなことくだらないことを考え
苦笑しつつ
夢の世界を後にした。