新しい上司だと初めて彼を紹介された時の印象といえば

まさに「氷の女」といった感じだった。

黒のスーツ姿でソファに座って煙草を咥える姿は、正真正銘男だったのだが

人というのはやはり一番最初に顔に目が行くもの。

顔だけ見たら女性と間違えてもおかしくないくらい

言葉が適切とは言えないが、「美人」と形容するに値する顔をしていた。


相手を警戒しつつその奥を見透かすような眼差し。

口数も少なく素っ気ない話し方。

近寄り難い印象は拭えなかった。


今になれば、あの時の彼の姿・・・というか普段の彼の態度の理由が分かる。

本当は優しくて情に溢れる男なのだが、照れ屋なのだ。

照れると本当に可愛らしい。

7つも年上の男とは思えないくらい、からかいがいのある人だ。


モデルにスカウトされた過去もあるらしい。

背もすらりと高く甘いマスクというより美形。

女性のみならず男からも興味を持たれるのは仕方ないのかもしれない。

何より優しい。

誰かの為に何かをするという事に、何の躊躇いもない。

自分の事はほぼ全て面倒臭いと言うくせに。


だから俺が代わりに身の回りの世話などまでしなければいけないのだ。

放っておけば飯は食わないし睡眠だって殆ど摂らないし

怪我をしても熱をだしても病院すら行かないのだ。

「俺はいい」とか「俺は大丈夫」という言葉を聞く度に胸が痛くなる。

貴方は貴方一人のものじゃないんだ。

貴方に何かあったら困るんだ。

彼を失いそうになった時、恐怖に足が竦んだ。

仕事柄、覚悟はしていたつもりだったのに、怖くて失いたくなくて彼の手を痣になる程握っていた。


今ではこんな風に、愛しく大切に思う彼だが

最初はとても憂鬱になったのを覚えている。

うまくやっていけるだろうか・・・信頼関係を築いていけるのだろうか・・・。

なにより

衝突せずにいられるだろうかと・・・。



今朝は朝一番で彼を直属の上司の元へ送り届け、一人で事務所に戻ってきた。

迎えの連絡が来るまで待機。

と言っても俺は別に運転手というわけではないので、仕事が入れば出かけるのだが。


俺がこのサイトを知ったのは、実は彼が利用していたからだ。

ずっと知らなかった。

ただ時折、個人用の携帯を弄ってはメールのような事をしていたのは気付いていた。

少し前、彼が怪我をしている間、身の回りの世話をする為に泊まり込んでいた時の事。

深夜階下で彼の気配を感じ降りて行くと、パソコンに向かって何かしている。

「ピグ」なるもので女性と話をしていたらしい。

俺を先に寝かせておいて、自分はネットで女と逢瀬ですか・・・と少し苛立った。

感じのいい女性だったと思う。

(何故か俺まで会話をさせられ、かなり戸惑ったのだ)

後で聞いたところ、ネットで唯一話をする女性なのだという。

まさかと思い、いつも携帯で何か打っているのは彼女が相手なのかと聞くと

「そうそう。手が空いた時しか返事出来ねぇしなぁ。」と

なんとも暢気な声で返事が返ってきた。


決してマメな男ではない。

どちらかと言うと何でも面倒臭いと言って嫌がる男だと思う。

やる時はやる。

だが必要のないものに関しては全く無関心だし、電話やメールをこまめにするタイプでは断じてない。

そんな彼が、日に数回も携帯を取り出して女性への言葉を綴っているのだ。

苛立ちの原因は、幼稚な嫉妬なのだと思う。

そんなマメな事が出来るのなら、自分も少しは我儘を言っていいのではないか・・・と。


ワンマンな上司ではないが、如何せん自由人すぎるのだ。

人の顔や名前も覚えない。

「あれ誰?」というセリフ、何度聞いたことか。

かかってきた電話を渡しても、「ん?誰?何の用?」と聞いてくる始末。

そのくせ仕事はそつなくこなし、みるみるうちに結果を積み上げていく。

類まれなる集中力だ。

機転も利くし豊富な経験も彼の武器だと思う。

あと、これはかなりの才能だと思うのだが、人を見る目がある。

善し悪しだけでなく、どう使うか、どう交渉していくか、相手を見ながら手法を選んでいる。

彼から仕事の話を聞くのは本当に為になる。

仕事姿は凛々しく、普段の適当な性格は微塵も感じさせない。

もしや二重人格なのか・・・。


兎に角、この幼稚な嫉妬を消化する為には、幼稚な我儘を言ってみるしかない。

部下としてではなく。

一人の男として。

惚れた相手に言う我儘とは・・・


何を言えばいいのか見当もつかん・・・。


人に話せない事、人に話せない恋、

胸に溜まる一方で苦しいものだと知った。


初めて同性に特別な感情を抱いた。

相手は上司のMr.S。

普段の呼び方ではない、ここでの呼び名を考えた方がよいのだろうか。


今日は午前中が休み。

彼は始発の新幹線で恋人に会いに行った。

昼過ぎの新幹線で帰ってくる。

雑用を済ませ、手持無沙汰になったので、ここを作ってみた。


誰の目に留まるかも分からないのに

文章などろくに書いた事もない自分が

こんな物を作って書き綴ろうと思うとはな。



俺は上司が好きだ。多分。

彼の優しさと可愛らしさ、危なっかしさと純粋さ。

共にいれば皆が彼を愛さずにはいられないのではないだろうか。


彼は同性愛者。

恋人も男。

俺は男に惚れたのはこれが初めて。

ただ感情を持て余すばかりだ。

触れたいと思う感情。

笑いかけられて胸が締め付けられる事。

傍に居ると、自分が彼に惚れているのがよくわかる。

いつだって飛び出しそうな感情や願望を、必死で押し殺しているのだ。

今朝だって。


連日の酒席で疲れきっている彼を起こしに行った時。

細い身体に触れたいと思った。

寝顔を見つめていると、唇を重ねたくなった。

何もないような顔で彼に接するのは、苦しく辛い。


この想いはいつか消えていくのか。

諦めて忘れ去る日がくるのか。

まさかこの恋に明るい未来など来はしないだろうな。


迎えに行く準備をしよう。