養母が亡くなって2週間たった・・・

 

夜中に突然電話が鳴り、

私の中で、「あ、とうとう・・・」と何かそんな感覚があった。

15分後に到着したときにはもう亡くなっていて、

多分寝たまま逝ってしまったみたいだった。

 

ここ数年、何度か危篤の連絡を受け、

時には「ご存じの葬儀屋さんはいらっしゃいますか?」と聞かれ

間に合わないときの霊安室の事情まで説明をされたけれど、

いつも三途の川から引き返してきてた。

戻って来たら、危篤だったことが嘘のように

食べること、しゃべること、しっかりしていた。

何度も戻ってくるから、担当医師が奇跡の人だよね、と笑ってらした。

 

養母は一度結婚したものの、数年で戻って来たみたいで、

子どももいないし、途中までは養父母の面倒を見てたこともあり、ずっとひとり。

気ままな生活をしていたようだが、自分が年を取ってからのことは

私を養女にして財産散逸を防ぐことだけを考えていたみたいだった。

(土地を養父が購入したのでそれを分割しなければならないことにはしたくなかったということだった)

 

そう、養母は母の姉で、彼女自身も養女の身だった。

大事に育てられて、感謝もしていたみたい。

そして自分では何もしないで育った私を自分の妹夫婦からもらい受けることにとても感謝と申し訳ない気持ちとを持っていたみたいだった。しかも孫もついてきたし、そのうちにひ孫まで持つことになったわけだから。

 

物言いがきつくて、正論を言っているにもかかわらず、煙たがられることもあった。

でもユーモアがあり、頓智のきいた人だったので、いつもみんなと笑っていることが多かったようだ。

私にとってはお茶の先生、だったし、母より似ている伯母だった。

 

80代後半になり、だいぶいろんなことが上手くいかなくなり、

お茶を入れようとしてぼんやりしてみたり、あれだけキチンと片付けていた人が、片付けの方法を忘れてしまったりということはあったけど、

最後までしっかりとした人だった。

 

看護師さんが、夕方まで軽口叩いてて、笑いあってたのに、と仰ってたので、

きっと自分が死んでしまったことに気づかないままかもしれない、なんて、

母や妹と、ちょっと笑った。

 

亡くなってこの2週間、私の調子が出ない。ぼんやりしているというか、体が重いというか。特に肩が重くて仕方ないけど、伯母がいるならそれでいいかな。

 

葬儀の後実母はコロナにかかり後遺症で私を呼びつける日々だし、東京から葬儀に参列してくれた “まごっち2人” も夏風邪にかかり発熱したり。

この10日間は実母のケアや家の事、届けなければならないことに追われてたりで

人が一人死ぬってことはなんて大変なんだ!と痛感してる。

 

写真の“伯母”に「おはよう」とか「行ってきます」とかの挨拶をする度に

もっとやってあげられることが沢山あったはずなのに、と思うばかり。

ずっと感謝してくれてたけど、足りなかったと思うばかり。

 

今日2日は二七日。昨日は父の月命日だったので、行きつけの花屋さんで

百合の花と、父にはちょっとだけかわいい菊を購入。

向こうで会うかな・・・