前回のブログでブログから離れることとしますと言って、1年以上経ってしまいました![]()
久しぶりのブログに少々緊張しております![]()
あんた誰?状態ですよね、すみません
約1年2ヶ月前に、子宮外妊娠の治療が終わり、再度妊活開始となったわけですが、
あれから紆余曲折を経て、やっと、やっと、不妊治療を卒業し、妊娠5ヶ月に入りました。
クリニックは4月上旬に卒業したのですが、少なくとも安定期を迎えるまでは安心できないと思い、ご報告が遅くなりました





色々なことがあり過ぎて、まだ何から書いたらいいか整理できてませんし、
今、この瞬間も冷静に考えると不思議でなりません。
まさかこのようにブログで報告できる日がくるとは思わなかったです。
これまでのことを考えると、ブログを書けば書くほど上手くいかなかったような気がして(←完全な被害妄想?!)、ブログをいつ更新するか、はたまた更新しないか、など地味に悩んでおりました
そもそもこのブログを読んでくださってる方がそんなにもういないのではとも思いますし、
まだこの先無事出産するまで何があるか分かりませんが、
それでも一旦区切りとして、ご報告と、クリニックを卒業するまでの経緯や思いをまとめたいなと思っています。
29歳から治療を開始し、現在35歳。
出産時は36歳になっている予定です。
5年半、数えきれないほどの採卵と移植を繰り返したにも関わらず妊娠できなかった私は、
はたから見たら、きっと何か未知の妊娠できない原因があるのではないか、
と思われていたに違いありません。
実際に私自身もそう思っていましたし、転院だけでなくセカンドオピニオンも含めると多くのクリニックに通院し、
ありとあらゆる検査をし尽くして治療に臨んでも妊娠できなかったことから、
この1年は正直諦めに近い気持ちで治療を続けていました。
そんな中、5つ目の転院先のクリニック(木場公園クリニックへの出戻りも含む)で卒業をすることができました。
それは去年の8月に半ば諦めモードの中、これでダメだったら治療をやめようかな、
と思いながら木場から転院した、Natural Art Clinic 日本橋(以下NAC)でのことでした。
NACに転院したことは間違いなく私の転機となりました。
そして、今となってはショーキチ先生が貫かれている方針が私にとっては1番合っていたのだと思います。
その反面、NACに転院するまで、一度もその前身のクリニックである新橋夢クリニックに転院しようとも思わなかったのを少し後悔もしています。
ショーキチ先生が怖そう、多嚢胞で排卵まで時間がかかり、自然周期では無理そう(と思いこんでいた)な私はさじを投げられてしまいそう、治療拒否されてしまいそう、とか勝手に決めつけてなんとなく敬遠していました。
(もちろん、男性不妊により力を入れたNACとその開院前の夢クリとではまた違う結果になっていたかもしれませんが)
病院の方針や、医師との相性がいかに不妊治療にとって大事か、分かっていたつもりが本当は分かっていなかったのかもしれないです。
たくさん情報がある今の時代の中でいかにその情報を取捨選択し、いかにして自分はこうだ、という思い込みを捨てるか、それを今更ですが学んだような気がします。
遅い。遅いですよね


でも、自分1人じゃ正しい道を選んでいくことって本当に難しい

それなりにたくさん情報を集めて、主人ともじっくりして相談して決断してきたつもりだけど、私の場合なかなかうまくいかなかったです。
実際に通ってみないと分からないこともたくさんあって。
そんな中、最後の転院はブロ友さんとの情報交換の中で決断できたことでもありました。
同じようなタイミングで、偶然、夢クリで卒業されたブロ友さんとの会話の中でショーキチ先生方式をふと勧められたのと、NACに通い始めたブロ友さんから情報を得たこと、それが決め手となりました。
本当に感謝です
一方で、矛盾したことを言うようですが、
今回上手くいった理由は何かというとはっきりこれだ、と言えることも実はないのかもしれません。
NACで卒業できた今だから、あれが良かったのかな、これが良かったのかな、と推測できますが、(一応推測ベースですが後日書こうとは思いますが)それを裏付ける証拠などがあるわけでもないのです。
強いて言えることとすれば、私のブログタイトルそのものですかね

一歩一歩の歩みでもいいから前進すること、
そして絶対に諦めないこと。
いや、正直何度も心折れて諦めかけてました。最後の方は
でも、ブログで出会った仲間に励まされ、なんとかここまでくることができました。
ぶっちゃけ、私が他人だったら、
「きっとまた馬っ娘さんうまくいかないのでは」
とか
「馬っ娘さんのケースはやはり難しいのでは」
って意地悪くも思ってしまいそうなぐらい、うまくいかなくて、不運続きで、実際そう思われても仕方ないくらいの状況だったので、
そんな状況の私に、いつも
「絶対うまくいく」、「大丈夫」、と根拠がなくても声を掛け続けてくださったブロ友さんがいなかったら、ここまで頑張ることはできませんでした。
いや、皆さん私と同じように長年苦労して来られた方ばかりで、その方たちの励ましは、今にもノックアウトされそうな私を何度も何度も立ち上がらせてくれました。
治療を諦める選択肢がなかったわけではないけど、おかげで考えないように考えないように
することができました。
その皆さんの執念のような励ましに、もう感謝しかありません。
そんな励ましだけで頑張って来れたようなものなので、何も根拠がなく、
私の経験なんてあまり参考にならないかもしれないですが、
もし何度も何度も上手くいかなくて苦しんでる方がいたら、
年齢が若いのに上手くいかなくて苦しんでる方がいたら、(←これ、私の1番の悩みでした。若いから大丈夫、って言われるのが1番辛かった)
転院するか迷ってる方がいたら、
そんな方たちに、
年齢別データや確率論に全く当てはまらなかった私の経験が少しでも励みになるかもしれない。
そう思ってこれまでの治療の経緯を最後にまとめておこう、そう思っています
何回かに分けてブログ更新して行こうと思いますので、お付き合いいただける方、よろしくお願いします




