【移植当日(BT0)】

 

移植当日となりました。

基礎体温イマイチ。。。P4やばいかもえーんと思いながら緊張の通院でした。

1番診察の前で待つように言われ、採血結果をドキドキしながら待ちました。

前回の移植の時もぎっりぎりのP4でなんとか膣錠補充で移植できましたが、果たして今回は??

1番診察に呼ばれ、ショーキチ先生とご対面。恐る恐る画面を覗くと。。。

 

注射BT0注射

E2 102

LH 6.8

P4 11.5

FSH 6.2

 

ひゃ~またもやギリギリあせる11未満だと移植キャンセルです。11~12は黄体補充でなんとかOKという基準なので、滑り込みセーフ汗

前回も使ったワンクリノンゲルを使用することになりました。

 

移植する卵は、MⅡ由来の5日目胚盤胞でした。

移植する卵にも厳しく批評すると有名なショーキチ先生になんと言われるかドキドキしてましたが、

 

「そ~やなあ。全部で凍結卵は4つか。まあでもこれやな。これが一番元気そうやな!じゃ、画面みとって~」

 

となんと、これは珍しいべた褒め??ドキドキと一瞬調子に乗りそうになりましたが、いやいや、着床しなければ意味ないから!と浮かれるのを必死で抑えました。

 

で、その後は再集合時間まで外出。といってもその時間って日本橋界隈はあまり空いているお店なく。結局カフェでお茶して戻ってきました。

 

その後無事に移植できまして、でも内膜は8ミリでした。

皆さん結構10ミリとか多いですよね。なんか薄めで不安になりましたが、あまり気にしないことにしました。

 

 

【ホルモン値評価(BT4)】

 

本当にあっという間です。BT4でP4チェックとはいえ、HCGの値を測定するNACは実質この日が判定日に近いです。。。

 

でも、NACに来るまでフライングをしないではいられなかった私。

今回ももちろんフライングなどすることなく、過ごすことができました。

 

BT1~BT3の症状としては。。。前回の化学流産の時もそうだったのですが、BT2の基礎体温がぐいっと上がりました。

 

これまで、移植というとほとんどがホルモン補充で、基礎体温はまりあてにならないことが多かったのですが、この基礎体温の上昇は自然周期では何か期待させるような予兆だったなと思います。

 

そして緊張の採血結果。お願いだからいい値で着床していてほしい!

と願いながら。。。

 

 

注射BT4注射

E2 158

LH 1.0

P4 29.9

FSH 3.2

β-HCG 6.7

 

着床してくれていましたえーん

P4もしっかり上がってくれていて、黄体補充も今日で終わりでよいということになりました。

ここからしっかり伸びていってくれなければ意味ありませんが、BT4のHCGとしては決して悪い値ではなさそう。3日後は約10倍に伸びていてくれるといいみたいです。

 

お願い、頑張って!と祈り続ける日々が始まります。

 

 

【着床判定①(BT7)】

 

そして三日後。なんとなくお腹に違和感があるのを感じながら、きっと生きててくれる、と信じて通院しました。

 

注射BT7注射

E2 180

LH 0.6

P4 35.9

FSH 1.8

β-HCG 65.6

 

や、やった!!!ちょうど10倍ぐらいになってくれていました!

う、嬉しすぎる。

 

早い段階での伸び率を確認していくことによって、妊娠継続の可能性がある程度予想がつくようですが、あまり他のクリニックではその点は重要視していないですよね。

 

でも、何度も何度も駄目だった私にとっては、駄目でもいいから、早い段階から色々な覚悟をしておきたい、そういう精神状態になっていたので、本当にありがたいシステムです。

 

次は5日後の着床判定②、同じくまた10倍を目指します。

 

【着床判定②(BT12)】

 

そして緊張の採血結果。

この日はブロ友さんと通院が一緒の日でした。

不安で押しつぶされそうな中、ずっと励まし続けてくれましたえーん

本当にありがとうドキドキ

 

そして、診察室1番に呼ばれ、画面をガン見!!

 

注射BT12注射

E2 230

P4 24.3

β-HCG 775.5

 

よかった~あせる目標の10倍以上に届いていますえーん

こんなに順調なこと、初めてで。

まだまだここからだけど、なんだか現実とは思えないフワフワした気分でした。

 

自然周期の場合、次は5日後のBT17の胎嚢確認です。

 

過去に、流産した時は胎嚢が確認できたものの、その後すぐに駄目だったし、1年前に子宮外妊娠した時はどこに胎嚢があるか分からずじまいだったので、いよいよ正念場がやってきます。

 

これまでのトラウマを乗り越えなければ、と思いながらも不安でしかない日々を送るのでした。