自分は小学校4年生のころ今ボランティアで
指導に行っているチームでサッカーを始めた![]()
厳密には自分がサッカーを始めたころには
チームの拠点が一箇所しかなかったが今は
数箇所に拠点がありそれぞれにチームがある
ので拠点としては違っているが…![]()
その時のチームでの仲間で今も年に一度大会に
出ていて思い入れも強い
しかし自分は6年の途中でやめてしまった![]()
そして中学の部活でサッカー部に入部したが
キーパーで右手を骨折しディフェンダーで鼻を
骨折し学校からサッカー部を辞めるよう言われて
中2の途中でまたやめた![]()
その中学校は合唱や美術には力を入れていたが
体育会系の部活に力を入れておらず怪我が多い
からと違う部活を勧められあっさりと…
そしてやはりサッカーがしたいと高校の部活で
復活![]()
サッカーをこの年まで続けていることは自分に
とって大きな自信となっているが小学校のころに
やめていなければもっと違うサッカー人生が
待っていたかもしれないと思う…
小学校の練習はバスで交通センターまで行き
歩いて新町にあるチームの部室がある施設へ
そこで着替えてその施設横の小さなグラウンドか
ちょっと離れた熊本城薬研堀(監物台樹木園前)
で練習していた![]()
あるときキーパーの練習をしていたらスネに
激痛があり見ると血が出ており次の練習日にも
痛みがあったので見学していたらコーチから
「仮病だろ」と…![]()
たしかに傷は小さくたいした怪我には見えな
かったが実際にその傷跡から3ヵ月後に小さな
木片が出てきた…
自分はコーチのその言葉にショックを受け
サッカーをやめたいと思い親に話して引き止め
られることもなくすんなりやめることに…
そのときに自分の心境はどうだったんだろうか![]()
今まで一緒にサッカーしていたみんなから
自分だけ離脱するのは寂しかっただろうと思う…
親から続けろと言われれば続けたかもしれない
親はどう思ってやめさせたんだろう
サッカーを続けさせても上達の見込みがないと
思ってたのかもしれないな…
あの時続けていたら得たものは多かったと思う
そしてあの時続けなかったために失ったものは
かなり多いはずだ…
今思うとコーチの言葉のせいにして自分は乗り
越えなければならないことから逃げたんだと思う
そして中学でも学校からやめるよう言われても
悔しさを感じない自分になっていた![]()
中学でも高校でも塾に行っていたがついていけ
なくなると何かと理由をつけて簡単にやめた
そして大人になってしまった…
そのときに自分に戻りたくないという気持ちが
心のどこかにあるから今になって自分に厳しくし
ようと思えるのかもしれない
今自分が親となって…
長女が友達にひどいこと言われたと言いつけて
きたら「そんなこと言ったらいかんね~」と言い
つつも「でもね…言われないようにするために
あなたははどうするの?」とも言う
サッカーの練習で長女を怒ったときには必ず
「毎回同じことで言われたくないど?言われたく
なければ自分が変わらなん」と言っている
友達になにか言われるとかパパの怒られるとか
長女にとっては嫌なことだろうが長女にも多少
なりとも問題があるから言われるし怒られるのだ
自分がどう問題があったか考えることやそんな
問題を事前に考えて行動できるようになって
ほしい
ただ…自分が変わるというのは小2にはまだ
難しいことかもしれないが…![]()
長女が通っているサッカースクールは楽しく
のびのびといったコンセプトがあるのであまり
子供たちが怒られる場面は見ていないが
もし自分の娘が強い言葉で怒られたりして
娘がやめたいと言ったら…
やめさせたりコーチのせいにするのは簡単なこと
だが子供にとっていいこととは思えない
親として子供の今後を考えたときに自分なら…
「サッカーを通じてサッカーの技術だけじゃなく
気持ちも強くするためコーチは心を鬼にして
言ってくれていることなんだからコーチに感謝
しなさい。言われたくなければ言われないために
どうするか考えなさい。」といった話をするだろう
自分が変われば当然ことながらコーチの接し方
も変わるだろう
もしかしたらさらに上を目指して厳しい要求に
なるかもしれないがそれは喜ばしいこと![]()
言われなくなってはおしまいだ![]()
自分に対して「仮病だろ」と言ったコーチからする
と恐らく自分はいつも逃げの姿勢だったんだろうし
そう言われた悔しさで変わってほしかったのかも
しれない
そのとき変われなかった自分に後悔![]()
娘には自分のように後悔するようなことは






















スクールでのテストの回数も簡単にクリア





















の
に親近感を感じる(笑)










