横浜にある本社の関連する部署と自分がいる熊本の
部署は毎日Webカメラで席にいるのかどうかなど状況が
わかるようになっている![]()
11日の14時過ぎになにげに横浜の映像を映し出している
モニターを見ると揺れている…
それも机の引き出しが出たり入ったりしてものすごい
光景が映し出されていた
そして少し揺れがおさまったところで18階にある本社の
フロアから避難している光景も、、、
最新の免震構造のビルだけに18階の揺れは
ものすごいものだったようだ
すぐに川崎にいる兄に電話したら無事だったので
安心した
心配で連絡したい友人や知人がまだいるが電話なども
通じにくい中で家族同士が連絡を取り合うのに邪魔に
なるかもしれないと新潟とつくばの知人への連絡は
しばらくは遠慮することにしようと思う
横浜の本社は石膏ボードの一部の内壁が何箇所か亀裂が
入っただけの被害だったようだが本社の半数(約300人)が
帰宅難民にとなり会社に泊まることになった
急遽本社役員室と自分がいる熊本の役員室をテレビ会議で
つなぎ災害対策本部を設置された
この状況で仕事にならないので早く帰れるかと思っていたが
上司と目が合ってしまい対策本部室へ
本社ではテレビの情報が入りにくい状態だったためテレビの
交通状況や停電の状況を熊本から北海道・山形・大阪・
名古屋も含めた全社員へメールで発信することになった
帰宅してもテレビの情報を全社員にメールで発信
土曜も朝から休日出勤して対策本部対応
しかしその時点では電力等も含めこれほどの被害だとは
思っていなかったのであとは月曜日にとりあえず全社員が
出社して対応しようということになり土曜は宿泊していた
本社の社員全員を帰して早々と解散
そして土日にテレビを見るたびに被害が拡大していて
信じられない光景が映し出される
これほどの津波が来るとは…
自分は津波の影響がない場所に住んでいるが
幼い頃に「まんが日本昔話」で見た津波の話が
いまだにトラウマのように心の残っているが
今回の津波は自分が想像できる範囲を大きく
超えている
恐らくテレビには映せないような映像が数多くあるの
だろうと思うと胸が裂ける思いだ
父が余命わずかな状態のときに泊り込んだ病室で
阪神大震災の光景を見て熊本がもし今同じ状況なら
もう歩けない父をどうやって助けるだろうと考えて
いたのを思い出した
そして今回は我が家にも0歳児がいるが避難所で
どれだけミルクやオムツが必要なのかとか
周りの状況もわからず泣いたり大きな声を出して
しまう我が子に避難所で気を遣う家族の気持ちを
考えると他人事ではないように感じた
結局横浜の本社は今日午後に帰宅命令が出たので
本社機能を熊本で行うこととなった
今のところ会社での地震の影響を助けることしか
できないがこれから会社でもいろんなところでも
募金活動などが始まるだろう
大きな支援は出来ないが少しでも自分が出来る
支援をして行こうと思う
最後に…
このたびの地震により被害を受けられました皆さまに
心よりお見舞い申し上げます
今日もかなりの方が亡くなったとの情報がある中で
今現在行方不明になっている方も助かる可能性も
希望もあります
1人でも多くの方が助け出されることと1日も早い
復旧を祈ります