♡ Kahlua milk ♡

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あまいやさしいうそのせかい。

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夢というか漠然としてるもの、
支離滅裂になってしまうかもしれないけれど
語らせてください。



私は今現在普通に生きて生活をしているけれども、それは当たり前なのだろうか。
特に我が国日本は全世界からみてもとても、恵まれているとおもう。
私たちは毎日飲めることのできる水で、体を洗い、衣服なども洗っている。

しかし世界でそんなことができる国はあるだろうか?
世界中にある飲み水はわずかである。
こんなに当たり前にある水が
海外ではお金を払って買ったりする。
公園の蛇口から飲み水なんてでない。

このようにして、日本人だけでなく人々は
当たり前を当たり前、あるものとして
日々意識せずに生きている。

しかしそれに対して私はいつも恐れを抱く。


水、エネルギー、食料。
それらが当たり前に供給され22年生きてきた。
10年先くらいでは大きく変わることはないかもしれない。
もっと大きな年単位で考えれば、どうなるだろう?
私たちが何不自由なく生きてたように、
私たちの子供や孫たちは生きられるだろうか?

今ある資源や食料が枯渇しないと言い切れるだろうか?
異常気象が増え、食料が減り価格が高騰する。
先進国ではそれでも餓死する人間は少ないかもしれないが、発展途上国では何億人もの人がなくなるかもしれない。
また、日本では減っていく一方であるが、世界人口が爆発し、経済だけを発展させようとし、大地を汚しさらに食料が減ったときはどうなるだろう。

もしかしたら自分たちはその時代に突入する前に死んでしまうかもしれない。
でも愛する子供たちが、戦わなければいけない時代を作るだけ作って押し付けてしまうかもしれない。

そうならないためには何をすべきか。
私は頭が悪いから漠然としか考えられない。
でも、人口が増え続けていくならば、
その分食料問題をもっと真剣に考えなければならない。
資源なども大切にしなければならない。

でもなにより大切なのは、それを考えどうにかしようと実行する人を増やさないといけないとおもう。

ここから私の意見になるが、今の日本では、人間に必要な衣、食、住に関わる人たちに対する、待遇がおかしいと考えてしまう。

なにより大事なのは食だ。
ひとは食べ物を口にしないとエネルギーが体内で生産されないため、生きてくことができない。
その命の源でもある食に関わる人たちは、
私たちの想像を絶するくらい大変なおもいをしている。
今は機械があり便利になった部分もあるかもしれないが、自然災害によって左右されたり
体を壊す可能性もある。
しかしそれを耐え生活のために一生懸命働いて、私たちに食べ物を供給してくれている。

でも私たちはどうだろうか?
その人たちの仕事を嫌がり、蔑む人さえいる。配当されるお金も多いとは言えないかもしれない。
それでも作り続け誰かがやらないと、と考える人や、その人たちの子供たちが後を継いで続けてくれている。

そのおかげで私たちは年中、どこでも食事をすることができる。
しかし好き嫌いをしたり利益のために、食べものを毎日大量に廃棄している。

よく言われる話だが、どこかで餓死しかけてる人もいるなかで、私たちは飽食といい、食べ物を大量に捨てている。
私たちが動いたり考えたりできるのは
その食料のおかげで、その食料を作ってくれている人々や、その体を与えてくれる家畜たちのおかげだというのに。

このような問題を危惧し、テレビ番組などで
特集が組まれたとしても私たちの年代で
それを真剣に見ている人は少ない。
それどころか楽しい番組をみてたい、またはそーゆーのは怖いから見ない、と言う。


怖いからこそ知らなければならないのでは?
なぜ、これから自分たちに降りかかることを
まるで他人事のように傍観するのだろうか。

どうにかなる、というのはまだ全て揃っていて、食料も資源もあるからである。

あるから、いい、のではなく、
あるうちから、考えるべきではないのだろうか。
そして誰かが動くだろうと言わずに、
自分のその手でその足でできることをしてもいいのではないだろうか。


一つはこのテーマについて、
現代社会を生きる世界の人に、
問題を発信し、考え、解決するために
できる行動を知らせていくことをしたい。

平和ボケして、生きている私たちに
ちゃんと現実をみる機会を増やしたい。
楽しいことだけで生きてきたツケで
苦しくなってもその人は言い訳しないのか?
愚痴をこぼさないのか?

それでも、私は一切そんなことはせず、
生き続けるから何もしないという人もいるだろう。

無責任に、生きてく人もいるだろう。
でもいざ、そうなったとき人はそう
楽観的にいられるだろうか。

東日本大震災の時でさえ、我先にと
食料を買い占めたように人々は自分のために
必死に動くのではないか?
そして争いを引き起こすのではないか?

震災のときは一時的に、配給されないだけだから、いつかまた元の生活に戻るだろうと気を緩めていたのかもしれないけれど、

ほんとにいつか食料危機が来た時
終わりのない苦しみを味わう覚悟があるのか。

そうなる前に、できたことがあったんじゃないからと悔い改めてからじゃ遅いはずだ。


それを人々に伝えて、そうなる前に動けるような世界を作っていきたい。
ちっぽけで頭の悪い私がなにをできるかはまだわからない。
でも考えることはやめたくない。
これは後ろ向きではなく前向きな考えだとおもう。
純粋に私は、これから生まれくる子供達にも地球に生まれてきてよかったと思ってほしい。
美しいものたちも、余裕があるからそう思える。
当たり前の毎日が、どれだけ尊いか。
それを知ってほしい。

他にも私を動かす原動力というものは
あるけれど、ただでさえ長くなったので
今日はこの辺でお開きにします。

あーーーー思ったこと言ってすっきり!!
たぶんわけわからん
文になってるけど!!
まあ、いっか!寝よう!!!
おやすみなさい!!