臨死体験から26年(1995年) | カッサーラの街(珪素&ケイ素の街)

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今日の横浜は晴れ時々曇りの空です晴れくもり

 

1995年1月17日阪神淡路大震災

犠牲になられた御霊、被災された皆様には謹んでお悔やみお見舞い申し上げます。

 

1995年は私にとって大きな出来事が続いた1年でした。

*当時携帯電話はなくポケベルが主

 

今回は1995年の思い出深い出来事を備忘録として遺します。

 

1995年、自宅は静岡県、都内霞ヶ関のコンサル会社に勤務していました。

 

<1月17日>

早朝、静岡駅始発の新幹線に間に合うよう身支度していると関西で大地震が発生したとのニュース。

 

静岡駅に到着すると乗る予定の新幹線は東京に向かうが、それ以降は全線不通の告知。

 

新幹線で東京駅に着くと駅構内は大混雑というか大パニック状態。

 

<2月初旬>

第三子を宿った配偶者が重度の妊娠中毒と診断され即入院(地元の市民病院)

*長女(小一)、長男(年中)は実姉夫婦に預かって頂く

 

<2月下旬>

始発の新幹線に間に合うよう在来線ホームに居ると突然私の名前が呼び出され至急病院に向かうようアナウンス。

 

病院に到着すると主治医から配偶者緊急オペ告知

   ↓

第三子誕生(622g)

超未熟児→無菌保育器へ

 

<3月初旬>

末期がんだった実母が入院(地元の市民病院)

 

(同じ屋根の下)

これから旅立つ母、入院中の配偶者、この世に誕生してきた第三子(無菌の保育器)が

同じ市民病院の屋根の下でした。

 

(毎日のルーティーン)

この頃は始発の新幹線に間に合うよう朝起きて最終の新幹線で都内から静岡に帰る毎日

 

夜0時頃、在来駅に到着すると、そのまま病院へ

 

0時30分から午前1時30分まで各病室

母の病室→配偶者の病室→乳幼児室(無菌保育器)

 

<当時のタイムスケジュール>

5時30分起床(静岡)→6時30分新幹線→仕事(都内)→22時新幹線→在来駅到着→0時30分病院到着

 

<4月下旬>

母旅立ち

 

<6月某日(金)>

様々な出来事が一段落し、週末都内から早く帰り姉宅に向かい長女長男を連れて外食へ

翌朝子供たちに朝ご飯を食べさせた後、朝8時から21時まで臨死体験(13時間)

 

当時、都内霞ヶ関のコンサル会社に勤務していた私は勝ち組になった気で有頂天だったと思います。

 

今思い返せば当時の様々な試練(修行)はある意味、天から私への戒めだったのかもしれません。

 

<これからのカッサーラ工房>

1995年から26年が経ち、生活環境は大きく変わりしました。

 

2015年1月18日、ゼロからスタートしたカッサーラ工房

 

明日満6歳を迎えるカッサーラm(^^)m

これからもご愛顧お引き立てのほど宜しくお願い申し上げますm(--)m

 

1度限りの短い人生(現世)

これから何が起きようと浮き浮きワクワクな人生を思う存分楽しみます♪ニヤリ

 

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カッサーラ仲間は健康な身体づくりと笑顔の輪を拡げます!

浮き浮きわくわく愉快なカッサーラの旅はまだまだ続きますニヤリ

 

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