私の実母。
長年私はこう思ってた。
『あんな母親最低!!』
『なんであんな暴言吐けるねん!』
『あんな精神的虐待された!悲しい!辛い!』
『なんであんなことされたのに、私が許さなあかんねん!』

ずっと怒っていた。
母親にされてきたことは絶対に息子達にしないと
決めていたけど、多分どこかしらに出ていたと思う。

長男が中学生時代不登校になった時、彼の弱さが許せなかった。
私はしんどいから家でゆっくりしたいのに、
長男がいたらゆっくり出来へんやん!
そう思っていた時期もある。

でも私の場合、不登校も出来ず、ひきこもることも出来ず、
感情を表に全く出さないままいて、
『何を考えているのかちっともわからん』と怒られ、
怒鳴られ、罵倒され続けた。

それを思い出したら、長男は弱いところがあっても良い、
それを出せる環境であるならば、彼を信じて見守るだけで良い。
世間に悪い母親だと言われても良い。
人になんと思われても良い。
私だけは長男を信じてみよう、と。
私がしんどければ外に出て、一人になれば良い。
彼は行くところはない。
家にしか居られないのだからと。

結果、現在はちゃんと高校に行けてます。
私自身も傷ついていて、辛かったのです。
でもかなり我慢していました。
今から思えば。

だからといって、その責任を長男に被せるようなことはしませんでした。
だって決めたのは自分なのだから。
自分の責任なのだから。

そりゃたまには怒ったこともあるし、
泣いて喚いて、叫んだこともあります。
でもそうやってお互い本音をぶつけ合うことで
それぞれが一人の人間として成長したのだから。

その弱さを受け入れると負けるんじゃないかと
勝手に怯えていました。
でも最近わかったのが、
受け入れたらそこに愛があったのだということに
やっと気がつけたこと。

本音を言えば完全に母親を許せたわけではありません。
ただ母親であってもただの人間。
彼女もそういう経験しかしたことがなかったからわからなかった。
お嬢様育ちの母親が自営業の家に嫁に来て、
いろんな苦労をしたのかもしれない。
かなりきつい祖母に散々文句言われたのかもしれない。

そんなことが続けば余裕もなくなるだろう。

一人の人間として見てみればなんてことない。
今まで『あいつが死ぬまで絶対に会いに行かない』
と言ってた私が
『もう少ししたら会っても良いかな』
になってきた。
家出した時に母親と絶縁して、全く母親と連絡取ってませんから。

明日に向けて楽しむぞ~(^^)/