東ユーラシア全史
――陸海の交易でたどる5000年
ユーロ(Euro)とアジア(Asia)を合成したユーラシア(Eurasia)大陸。
その中で、朝鮮半島や中国大陸の背中からさらに西に広がるユーラシア大陸の東半分の歴史が本書の対象である。
また、歴史を、モノ・ヒト(人財)・イミ(知財)が行き交う「交易」でとらえていく。
その切り口から見た時に、今まで知識として理解していた、国家の興亡などが、まったく違う視点で浮かび上がってくるところが本書の特色であり、斬新なところであったと言えよう。
そもそも、東ユーラシア大陸とはどのようなところだったのか。
約一万年前に終わったとされる最終氷期は、数万年続いた。
ユーラシア大陸でも北から氷河が広がり、大地を覆うようになったが、東ユーラシアでは、動植物は暖かい土地へ南下することができた。
氷期が終わり、温暖化がはじまると、動植物は北方へ回帰できたため、生物の多様性が保たれた。
これに比べると、西ユーラシアでは、南方へ退避することができず、多くが絶滅したとされる。このため、西ユーラシアの生態系は単純化され、多様性が乏しい。
また、東ユーラシアは夏季に降水量が多く、豊かな生態系が発展しており、カイコから取れる絹や、麝香(じゃこう)など、様々な交易品が産出された。
これに比べると、西ユーラシアは、夏季に雨量が少なく、自然環境が厳しいため、植物の育成が難しく、結果として動植物の生態系も限られている。
東ユーラシアでは、中国とインドという二大文明圏を中心に、豊かな物産を背景とした交易が展開された。
このような自然環境の差は、東西ユーラシアの経済力にも大きな影響を与え、ユーラシアの東部と西部の経済的不均衡を生み出した。
世界史の画期に1498年のヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓がある。
これは、交易という点では大失敗だったようだ。
ヴァスコ・ダ・ガマがヨーロッパから持ち込んだ織物などは、豊かなインドではまったく相手にされず、入港税を支払うことすらできずに脱税して港を逃げ出すという事態となった。
追撃船から砲撃を受けながらなんとか逃走に成功した、というエピソードは、東西の経済格差を象徴するものだろう。
また、国家の役割を広域交易の保護という観点で見た時に、新しい歴史が浮かび上がってくる。
広域交易が発展するためには、安全な移動と流通の保障が必要となるが、その時に特筆すべきは、東ユーラシアをまとめあげたモンゴル帝国の存在だろう。
モンゴル帝国の成立に関して最も重要な人物であるチンギス・カンのイメージは、かつては略奪を繰り返す残忍非道な征服者だったが、新たな歴史の発見は、彼を交易の主軸を通商に置く寛容な統治者と変えた。
遠い昔に思いを馳せた時、東ユーラシアという多様な特色を持った地域を結び、多くの人々が行き交ったモンゴル帝国の統治下の姿が浮かんできた。
そのような東ユーラシアの交易との関わりの中で、日本の平清盛が行った日宋貿易、また、その経済革命を引き継いだと言える足利義満などをとらえることで、日本の世界との関わりが見えてくるようであった。
最後に本書を読んだ感想として。
現代という時代から遡っていくと、西洋は先進国の集まりで、東洋は少し遅れている、という偏見がある。
しかし、それは、産業革命以降のほんのわずかな期間のことであって、ずっと東ユーラシアは豊かな地域だったのだと知る。
歴史から学ぶべきはものを見る時の切り口だと僕は思っているが、示唆に富んだ充実した読書だった。


