お骨にお湯かけてもお兄ちゃんは戻らないのだな。
葬儀の後、火葬場に移動した。
お兄ちゃんのカタチを見るのが最後になるのが信じられないし、信じたくない気持ちでいっぱいになり泣いた。
炉に入るとき嗚咽をあげてた。
「お兄ちゃんがなくなっちゃう!お兄ちゃんがなくなっちゃう!お兄ちゃんがなくなっちゃう!」
頭の中がそれだけでいっぱいになった。

健康体の成人男性であるお兄ちゃんの火葬には1時間半くらいかかった。

炉が開いて出てきたお兄ちゃんはもうカタチがなくて粉々の骨で、それがお兄ちゃんだとは思えなかった。
大腿骨とかはマンガの骨みたいに太くてしっかりしてて、立派だった。
それ以外は説明されてもよくわからないくらい砕けてて箸で渡しながらもイメージがわかなかった。

お兄ちゃんの中身なんて見たことがないので、中身からはお兄ちゃんが浮かばない。
でもこれはお兄ちゃんで、さっきまではカタチがあって、この前までは生きてて、先月には電話で話した。

全然実感がない。
思考が停止して悲しみとか寂しさとかなんにもなくなった。



お兄ちゃんのカタチは写真を見ることができるのだけれど、声が聞けないのが淋しいと今は思う。
お兄ちゃんはわきがだったのでわき毛を剃ってみたりジャスミンティーを毎日飲んだりいろいろ努力していたけれどあまり効果がなかった。
よく「ちょっと嗅いで」と言われてわきを近づけてきたのでいつも逃げてた。
自分がわきがだという自覚はあるけれど、今どれくらい臭っているかとかはわからないのだそう。
だから確認してほしいみたいだったが普通にお断りだった。

わきがによく効くらしいラヴィリンとかいうクリームをここ数年は愛用していたようで、ネットで安く買ってくれないかと電話がきて注文してあげたこともあった。

東京から郡山に帰ってきたお兄ちゃんの荷物はダンボール4個しかなくて、葬儀のあと荷物を整理しているときにお兄ちゃんの着てた服を嗅いだらやっぱりわきがの臭いがした。

臭わない服を何着かもらって、臭うのは捨てた。
お兄ちゃんと私。-100803_203110.jpg

お兄ちゃんうまれてきてくれてありがとう。
ちさのお兄ちゃんにうまれてきてくれてありがとう。
学会では即身成仏という考えで亡くなった時点で仏様になるらしいのだけれど、いちおう49日はあるようだ。
友達が亡くなったときは、宗派は忘れたが納棺の際に旅支度をさせた。杖とか三途の川の渡し賃も持たせた。
お兄ちゃんの納棺のとき、生前に好きだった食べ物などを入れてあげて下さいと言われたのだが、お兄ちゃんはあまり食べ物に執着するタイプではなく、みんなの頭もよくまわらなかったので何を入れていいのかわからず、結局祭壇にお供えしてたウーロン茶を入れた。あとお兄ちゃんの履いていた靴と彼女からもらってずっと使ってぼろぼろになっていたグッチの財布。
物に執着することもなく、シンプルに生活していたお兄ちゃんなのでお棺の中にもあまり物を入れなかった。
棺に納める際に、みんなで体を拭いてやり最後に唇を筆で湿らせるのだが、そのときにほんとにたまたまおばさんがみんなで飲むのに買ってきていてついでにお兄ちゃんにあげていたバナナ豆乳を納棺師さんが好きだった飲み物だと思ったのか筆にひたしてそれをみんなで唇に塗ってあげた。
たぶんお兄ちゃんバナナ豆乳飲んだことないんじゃないかなぁむしろウーロン茶でいいのになぁと思いつつ変な気持ちで唇に塗った。

テキパキと儀式が進んでいくのを「テキパキしてんじゃねぇよ。お兄ちゃんがしんだみたいじゃないか」と思いながらながめた。
今年の5月ごろだったかお兄ちゃんがまだ東京にいたときに電話で話した。
こちらからかけたのかかかってきたのかなんの用だったのかは全く覚えていない。
ただそのとき私はやついいちろうの猛烈なファンというか、ファンになりたてでかなり熱が入っていたのでお兄ちゃんに「東京でやついに会ったら「妹をよろしく!」って売り込んでおいてね!」と言った。
お兄ちゃんは「なかなか会うことないと思うけど、エレキコミックって学会の人だからきっといいひとだよ」と褒めてくれたのでうれしかった。
「おまえもイタいやつだな」と苦笑いしていた。
お兄ちゃんが牛丼屋に入ったらフットボールアワーの後藤がいたことを教えてくれた。
「ひとりで普通に牛丼食ってたよ!」と言っていた。
思い立ってお母さんに電話をかけてみたがどうやら仕事のようで出なかったので、「じゃあお兄ちゃんに電話してみようかな。げんきかな?」と思ってしまった。
人はしんだらどうなるのか見ておきたかったので納棺師の方に体を見たいとお願いしたのだが、処置が終わってからお兄ちゃんにかけられたタオルを取ることができなかった。
みんなの前でだったのもあるし、やはり怖いのもあった。
しかし今はやはり見ておきたかったと思う。

首のまわりはタオルの痕が残っていた。
耳からあごの下くらいにかけては紫色になっていた。
手の指は血が溜まったようで指先と爪は黒っぽく紫色になっていた。
足の指はきれいなままだった。

顔は本当にきれいでいまにも起きだしそうで、みんなが集まる中にお兄ちゃんだけが布団に寝ていて、それはただお兄ちゃんが風邪でもひいて眠っているだけのように思えた。
お兄ちゃんが亡くなってからお兄ちゃんのことを考えない日はない。
生きている間は考えない日のほうが多かったのに。
考えなくてもいるのが当たり前なお兄ちゃんだったので、いまだに実感がない。
亡くなったお兄ちゃんに触れて冷たかったこととか声をかけても反応しなかったこととか眠るようだった顔とか一生懸命思い出しても、やはり実感がわかない。
たぶんほっぺたつねっても実感できない。
16日は月命日でこれからずっと16日が来るたびにお兄ちゃんの止まった時を数えていくのだろうけれど、そうしたらお兄ちゃんの誕生日とかはどう扱ってよいのか、どう受け止めたらよいのかがよくわからない。
悲しいとか寂しいとかいう想いはあんまりなくて、ふと「これお兄ちゃんに聞けばわかるんだけど、いないんだよな」とか「もう誕生日におめでとうの電話かかってこないんだな」とかを思う。
たまに一瞬だけ急激に喪失感というか軽いパニックにかかるときがあるのだけれど、それが実感というものなのだろうか。
実感したらショックを受けてしまうから防衛本能から体が拒否しているのかなとも思う。
お兄ちゃんのことを忘れたくないと思っているんだけど、お兄ちゃんは忘れてほしいからいなくなったのかな。