ことばさがし
『道はちかきに在り。しかるに諸れを遠きに求む。』
訳:人の道は手近な日常生活のうちにある。
それを忘れて、人はややもすればわざわざ
高遠のところに道を求めようとする。
すなわち、親を親愛し、年長者を尊敬すること、
それが人の道なのだ。
(中国古典名言事典 孟子)
人の道というと、
何か特別で高尚なもののように感じます。
ですが、人の道を求めるのは
何か特別なことではなく、
身近なものを大切にすることが
その一歩だといえるのではないでしょうか。
まずは身近なところから大切にしたいです。
ことばさがし
『行ないて得ざる者あれば、皆反りて諸れを己れに求む。』
訳:何事にせよ、やってみて、うまくいかない
ばあい、すべて相手を責めるより自分のやり方を
反省すべきだ。
(中国古典名言事典 孟子)
他責ではなく自責。
これはあらゆることに通じると
思います。
何かあったときは、このことを
心がけるようにしたいものです。
『行ないて得ざる者あれば、皆反りて諸れを己れに求む。』
訳:何事にせよ、やってみて、うまくいかない
ばあい、すべて相手を責めるより自分のやり方を
反省すべきだ。
(中国古典名言事典 孟子)
他責ではなく自責。
これはあらゆることに通じると
思います。
何かあったときは、このことを
心がけるようにしたいものです。
ことばさがし
『順を以て正と為す者は、娼婦の道なり。』
訳:従順であるだけが正しい道とされるのは、
ただ婦人の道である。いいかえれば、
男子の道はそれだけではありえない、
ということ。
(中国古典名言事典 孟子)
ただ従順であるだ けが正しいのではない
というもの。
従順であるということは、
悪い意味で言えば
何も考えずに言われたことに
従っているとも言えるのでは
ないかと思います。
ですので、あえて従順にならない時も
必要といえるのではないでしょうか。
それは、ただ逆らうというのではなく、
自分で考えて信念をもって行動する
ことだと思います。
『順を以て正と為す者は、娼婦の道なり。』
訳:従順であるだけが正しい道とされるのは、
ただ婦人の道である。いいかえれば、
男子の道はそれだけではありえない、
ということ。
(中国古典名言事典 孟子)
ただ従順であるだ けが正しいのではない
というもの。
従順であるということは、
悪い意味で言えば
何も考えずに言われたことに
従っているとも言えるのでは
ないかと思います。
ですので、あえて従順にならない時も
必要といえるのではないでしょうか。
それは、ただ逆らうというのではなく、
自分で考えて信念をもって行動する
ことだと思います。
ことばさがし
『父子親あり、君臣義あり、
夫婦別あり、長幼序あり、
朋友信あり。』
訳:親子の間は親愛をもととし、
君臣の関係は義理をもととし、
夫婦の関係は礼をもととし、
長幼の間は秩序をもととし、
朋友の関係は信義を本に
しなければならない。
(中国古典名言事典 孟子)
親子、上司と部下、
夫婦、年上と年下、
友人それぞれの関係について
書かれたもの。
親 愛、義理、
礼、秩序、信義
それぞれ、大切ですね。
『父子親あり、君臣義あり、
夫婦別あり、長幼序あり、
朋友信あり。』
訳:親子の間は親愛をもととし、
君臣の関係は義理をもととし、
夫婦の関係は礼をもととし、
長幼の間は秩序をもととし、
朋友の関係は信義を本に
しなければならない。
(中国古典名言事典 孟子)
親子、上司と部下、
夫婦、年上と年下、
友人それぞれの関係について
書かれたもの。
親 愛、義理、
礼、秩序、信義
それぞれ、大切ですね。
ことばさがし
『人と善を為すより大なるはなし』
訳:自分だけでなく、人と自分との
差別なく他人と一緒になって、善をなす。
これが君子の行ないである。
(中国古典名言事典 孟子)
善をなすには、
自分だけでなく他人と一緒になって
することが大切ということ。
自分のことだけではなく、
他人のことも考えるように。
『人と善を為すより大なるはなし』
訳:自分だけでなく、人と自分との
差別なく他人と一緒になって、善をなす。
これが君子の行ないである。
(中国古典名言事典 孟子)
善をなすには、
自分だけでなく他人と一緒になって
することが大切ということ。
自分のことだけではなく、
他人のことも考えるように。
ことばさがし
『辞譲の心は、礼の端なり。』
訳:へり下り、人に譲る心が
礼の端緒である。
(中国古典名言事典 孟子)
礼とは、
人とのコミュニケーションで
必要なことです。
礼のひとつとして、
自分がひいて、
相手に譲る気持ちを持つことが
大切といえます。
『辞譲の心は、礼の端なり。』
訳:へり下り、人に譲る心が
礼の端緒である。
(中国古典名言事典 孟子)
礼とは、
人とのコミュニケーションで
必要なことです。
礼のひとつとして、
自分がひいて、
相手に譲る気持ちを持つことが
大切といえます。
ことばさがし
『羞悪の心は、義の端なり』
訳:自分の不善を恥じ、
人の悪を憎む心は義の始まり、
義の端緒である。
(中国古典名言事典 孟子)
義は、
人として正しい行いをする心だと
いえます。
その入り口が、
善をおこない、悪を憎むこと
ということなのだと思います 。
『羞悪の心は、義の端なり』
訳:自分の不善を恥じ、
人の悪を憎む心は義の始まり、
義の端緒である。
(中国古典名言事典 孟子)
義は、
人として正しい行いをする心だと
いえます。
その入り口が、
善をおこない、悪を憎むこと
ということなのだと思います 。
ことばさがし
『惻隠(そくいん)の心は仁の端なり』
訳:思いやりの心は仁という大道の端緒だ。
(中国古典名言事典 孟子)
人の痛みを感じられてこそ、
人を思いやる心が生まれるのだと
思います。
痛みを感じるには、
自分自身が痛みを味わっている
経験があることではいでしょうか。
『惻隠(そくいん)の心は仁の端なり』
訳:思いやりの心は仁という大道の端緒だ。
(中国古典名言事典 孟子)
人の痛みを感じられてこそ、
人を思いやる心が生まれるのだと
思います。
痛みを感じるには、
自分自身が痛みを味わっている
経験があることではいでしょうか。
ことばさがし
『爾(なんじ)に出ずる者は、爾(なんじ)に反る』
訳:おまえのなした言行は、
おまえにかえる。
すなわち善には善がかえり、
悪には悪がかえってくる。
(中国古典名言事典 孟子)
自分が発したことばや行いは、
すべて自分にかえってくる。
これはその通りだと思います。
ですが、だからと言って、
いい行いをしているから
悪いことはおこらない
というわけではないといえます。
自分にいいこと、わるいことが
起こるから言行をよくしようと
いう考えもありかもしれません。
でも、それでは結局損得勘定が
基準なだけなので、
どうなのだろう…
と思うわけです。
ですから、損得ではなく、
あくまでも
「自分を律するための戒め」
のものとして心がけてみては
どうかと思います。
『爾(なんじ)に出ずる者は、爾(なんじ)に反る』
訳:おまえのなした言行は、
おまえにかえる。
すなわち善には善がかえり、
悪には悪がかえってくる。
(中国古典名言事典 孟子)
自分が発したことばや行いは、
すべて自分にかえってくる。
これはその通りだと思います。
ですが、だからと言って、
いい行いをしているから
悪いことはおこらない
というわけではないといえます。
自分にいいこと、わるいことが
起こるから言行をよくしようと
いう考えもありかもしれません。
でも、それでは結局損得勘定が
基準なだけなので、
どうなのだろう…
と思うわけです。
ですから、損得ではなく、
あくまでも
「自分を律するための戒め」
のものとして心がけてみては
どうかと思います。
ことばさがし
『長者の為めに枝(し)を折る』
訳:自分より目上の人のために、
花の枝を折ってやる。これは
だれでもやればできることだが、
多くはできないといってやらない。
人生の大半はこのようなものである。
(中国古典名言事典 孟子)
簡単なことでも、
「やるかやらないか」
これは、
昔からもあったことなのですね。
ということは、
10回のうち1回でもいいから、
少しでもいいから
「やってみる。」
ことって、やはり大切なんだなと
思います。
話しは変わりますが、
孟子と論語は
何となくニュアンスが違うというか、
その差の説明がうまくできません…
しばらくは続けてみます。
『長者の為めに枝(し)を折る』
訳:自分より目上の人のために、
花の枝を折ってやる。これは
だれでもやればできることだが、
多くはできないといってやらない。
人生の大半はこのようなものである。
(中国古典名言事典 孟子)
簡単なことでも、
「やるかやらないか」
これは、
昔からもあったことなのですね。
ということは、
10回のうち1回でもいいから、
少しでもいいから
「やってみる。」
ことって、やはり大切なんだなと
思います。
話しは変わりますが、
孟子と論語は
何となくニュアンスが違うというか、
その差の説明がうまくできません…
しばらくは続けてみます。