【日陰の栗】オリジナル小説

【日陰の栗】オリジナル小説

※あてんしょん※

趣味で書いた小説です
やまなしおちなし
文才もセンスもない
更新遅め

Amebaでブログを始めよう!

 これは、小さな恋の物語。

***

 年が明けてもう一ヶ月が過ぎた。寒さも一段と厳しさを増し、コート、マフラー、手袋は絶対に欠かせないアイテムだ。
 すでに陽も傾き、教室の窓からはオレンジ色の西日が差し込んでいた。クラスの人達は部活だったり帰宅だったりで教室から少しずつ出ていた。
「ねぇ、仁知香」
 後ろの席の莉子に呼ばれた。
「なに?」
「もうすぐ桜の木の日にちだよ」
「桜の木の日にちって?」
「知らないの?」
 私の通う東高校には桜の木が三本ある。校門の両側に一本ずつと校庭の東側に一本の三カ所だ。
「知らない。木の寿命とか?」
「……。おいで」
 莉子に右手を引かれた。慌てて空いている方の手で鞄を取り、小走りで教室を出た。
 手を引かれるままについて行った先は、校庭の東側の桜の木の下だった。ほら、と莉子が木の幹を指さした。木の皮が剥がれていて、そこだけ白く剥き出しになっている。

 2015ネン
 2ガツ14ニチ
 ゴゴ5ジ

 横書きで三行、刃物で掘られた文字があった。
「この日に何かあるの?」
 莉子に聞いてみた。
「あたしもそこまでは知らない。でも、誰が書いたんだろうね。待ち合わせかなぁ」
 文字をなぞりながら、ロマンチックだね、と笑った。
「あ、バイト行かなきゃ! じゃあね、仁知香!」
 時計を確認した莉子は、私に手を振り帰った。忙しい奴だなと思いつつ時計を見た。
「部活行かなきゃ……」
 確実に遅刻だった。

***

 今日の部活の内容は掃除だった。年明け前にサボった部室清掃をするという。六人で部室と体育館ステージとで担当を分けた。
 うちの部はたった六人しか部員がいない。新入生を入れないと廃部だという。だから、みんな必死でいい歓迎劇を作ろうと頑張っている。
 演劇部という部活柄、部室には色々な小道具や衣装が置いてある。棚の中からは、いつ何に使ったのか分からない肖像画や、茶色く色あせた台本が出てきた。
 ホコリを拭くために棚に足をかけて棚の上を見た。大きなホコリが溜まっていて、見ただけで体が痒くなってくる。
 ふと、奥にお菓子の缶を見つけた。A4用紙サイズの赤い缶だった。手にとって棚を降りた。蓋の上のホコリを拭いてみると、そこには『タイムカプセル』と書かれた紙が貼ってある。
「タイムカプセル? いつのだろう……」
 持った感触では小さなものが一つか二つ入っている感じなのだが、恐る恐る開けてみる。
「……手紙?」
 『これを見つけたあなたへ』と書かれた茶封筒。開けていいものなのか躊躇ったが、特定の人物宛ではないようなのでそっと封を切った。封筒の中には手紙と指輪が一つ入っていた。手紙には綺麗な文字でこう綴られていた。

『これを見つけたあなたへ
 手紙を見つけてくれてありがとう。
 僕の大切な宝物を預かってください。
 いつか必ず取りに行きます。
               ハタ■■ ミ■ル』

 手紙の最後に書かれた名前が滲んでいた。涙の跡だとすぐに分かった。誰かに大切なものを託さなければならないほどだ。なにかつらい理由があったのだろう。
 近くにあった紙にペンで返事を書いた。

『ハタ(?)さんへ
 宝物、預かりました。問題が解決したら、いつでも取りに来てください。
           二年四組 佐倉 仁知香』

 タイムカプセルに入っていた手紙だ。もちろん、いつ書かれたものかは分からない。それに対して返事を書くなんて、自分でも阿呆らしいとは思う。だけど、タイムカプセルだ。いつか誰かが、それこそ手紙の差出人がまた開けるかもしれない。そんなことを考えながら手紙を四つ折りにし、缶に入れ蓋を閉めた。
「これでよし!」
 綺麗に整理した棚にそっと置いた。
「仁知香、何してたの?」
「ん? ヒミツ」
「えー、ケチー」
 ちょっと恥ずかしくて人には言えなかった。誰にも見られないように見つけた封筒をさっと鞄に入れた。
 掃除もひと段落し部員もみんな帰った。そろそろ帰ろうと鞄を持った時だった。背後でカサッ、と何かが落ちたような音がした。振り向いて音のした方へ行く。特に何も落ちていなかった。
 ふと、さっき見つけた缶が目に入った。特に変わったことはない。でも、何かがあるような気がした。
 そっと缶の蓋を開けた。
「えっ……」
 そこには、入れた覚えのない白い折り鶴が入っていた。手にとってよく見ると、折られた鶴の内側に文字が書いてある。破かないようにゆっくりと開く。
 手紙だった。

『佐倉 仁知香さんへ
 返事をありがとう。とても嬉しかったです。
 ところで、仁知香さんは東高校の生徒ですよね? 二年の先生に聞いてみたら、「そんな子はいない」と言われてしまったのですが……。差し支えなければ、本当の名前を教えてくれませんか?
         三年二組 ハタケダ ミツル』

 よく分からない内容だった。私は確実に東高校の生徒だ。でも、私がいない。どういう意味だろう。
 それに、私が見つけてから誰もこの缶に触っていない。いつ、どうやって鶴を入れたのか、何よりも謎だった。
 その日の夜は、あまり眠れなかった。

***

 昨日の手紙が、頭から離れなかった。
 どう考えても手紙の主の『ハタケダ』と言う人が、あの缶に鶴を入れることはできない。そもそも、うちの部員に『ハタケダ』はいない。
 開いた折り紙の文字を睨みながら、何度も考えてみた。考え過ぎて、今が授業中だということを忘れていた。視界が陰ったので、顔を上げると怒った金田先生が仁王立ちしていた。
「佐倉、俺の授業中に手紙読んでたのか。いい度胸だな。授業終わるまで没収」
「あっ!」
「あっ、じゃねぇよ。終わったら俺んとこ来い」
「はーい。すみません」
「ついでに例題解いとけ」
「えっ……」
 運と先生が悪かった。
 授業も終わり、手紙を返してもらうために先生のところへ向かった。 
 職員室に入ると、待ってましたと言わんばかりの態度で金田先生が座っていた。
「授業はきちんと聞かなきゃダメだろう」
 机に肘をついた手で没収した手紙をヒラヒラさせている。
「佐倉、こういうのは休み時間に読め」
「すみません。大変深く反省しております」
「ったく、笑顔で棒読みかよ……。まあいい。次見つけたら容赦しないからな」
「はーい」
 手紙を差し出され受け取ろうと手を伸ばした。
「あれ?」
 取ろうとした瞬間、先生が手を引っ込めた。掴んだのは職員室の暖かい空気だけだった。
「返してくれないんですか?」
「ハタケダミツル……」
「先生、知ってるんですか?」
「多分?」
「なんで疑問形なんですか」
 先生は、ハタケダ、ハタケダ……、と呟きながら記憶を探っている。
 そろそろ弁当を食べないと昼休みが終わってしまう。
「あぁ! 思い出した!」
「ホント?」
「嘘言ってどうすんだよ」
 突然立ちあがった先生は、ついて来い、と職員室を出た。
 案外目的の部屋は近かった。資料室と書かれた部屋に入ると、中はダンボールとバインダーが大量に積まれていた。
「うわぉ……、ここってこんな部屋なんだ……」
「勝手に入ってくんなよ。……あったぞ、卒業アルバム」
「これ、いつのですか?」
「八年前。ここに畠田が載ってる」
「え?」
 開かれたのは三年二組のページ。確かに『畠田三鶴』という生徒がいた。パーマがかった茶髪で、銀縁眼鏡をかけた可愛い人だった。
「この人がそうなの?」
「あ? お前、知り合いじゃねぇの? てっきり知り合いだと思って、高校時代の写真を見せてやろうと思ったから連れてきたんだけど」
「知らないよ? それよりさ、この人ってどんな人だったの?」
「お前にとって偉大な先輩。演劇部員だった」
 そういう分かりきったことは聞いてないのだが。
「というより、うちの学校の演劇部を作ったやつ」
「そうなの?!」
 偉大な、とはこういう意味だったのか。
「それにしても変な手紙だな。三年二組とか、タイムスリップしたのかよって内容だよな」
 タイムスリップ。
 タイムカプセル。
 変な手紙の内容。
 八年前の卒業生。
 私がいない。
「先生、ありがとう……。全部繋がった……」
 先生から手紙を奪い取り、資料室から出た。
 向かった先は演劇部の部室。中に入るとすぐに手紙を書いた。

『畠田三鶴さんへ
 名前は本名です。それから私も東高校生です。だけど、入学するのはもっと後だと思います。
 私も今日、先生に三鶴さんのことを聞いてみました。そしたら、八年前に卒業していたんです。なので、こちらは三鶴さんの時代の八年後ということになります。
 きっと私の時代のあなたは、今あなたが抱えている問題を解決していると思います。
 いつでも宝物を引き取りに来てください。
        2015年 2月5日 仁知香』

 そう書き綴り、その紙をまた四つ折りにして空の缶の中に入れた。
 無事彼のもとに届くよう祈りつつ部室を出た。
 もちろん、弁当は食べ損ねた。

***

 放課後になり、すぐに部室へと向かった。
 部屋に入り缶を開けた。
 中は空だった。
 返事が入っていなかったことに少しがっかりしつつも、無事届いたことが分かり安心した。
 いつか返事が来るだろうと信じ、今日は部活動に専念した。
 返事が来たのは三日後の二月八日だった。この日も帰ろうとした頃に届いた。
 缶を開けると、薄桃色の小さな封筒があった。よく見ると桜の模様の封筒だ。開けてみると、中には名刺くらいの大きさのカードが入っていた。

『校庭の桜の木に日付を書きました。
 その日に必ず会いに行きます。
 書いた時間は木の隣の時計塔の時間です。
 その木の下で会いましょう。
                   ミツル』

 綺麗な文字で書いてあった。
 そうか、あの木の文字はこの人だったのか。噂になっている桜の木の日にちが、自分との約束だと思うと少し気持ちがくすぐったい。時計塔の時間と言うと、標準時から一時間遅れた六時のことだ。時計塔の遅れは十年前に叔母が通っていた頃から変わらない。
 二月十四日午後六時。
 三鶴さんに会える。そう思うと、とても楽しみで眠れなくなりそうだった。

『待ってます。
                仁知香』

 カードの裏に一言書き残し、そっと缶の真ん中に置いた。

***

 バレンタインデーともなると、教室だけでなく学校中が甘い空気で包まれる。もっとも、一部男子は禍々しい空気をまとっているのだが。
 そんな中でも、桜の木の話題は尽きなかった。
「誰か告白するのかなぁ」
「花は咲いてないけど、桜の木ってロマンチックだよねぇ」
 廊下ですれ違った女子達がそんなことを言っていた。
 莉子も気になるみたいで、
「仁知香、野次馬しようよ。五時だったらギリいられるからさ。ね?」
 目を輝かせてそう言った。
「本当に告白だったら、不謹慎じゃない? 私は行かないかな」
 五時には何も起こらない。それを知っているから誘いを断った。
 授業も終わり、放課後になるとやけに外が騒がしくなった。
「莉子、なにこの騒ぎ……」
「なんかね、桜の木の下で『公開告白大会』してるみたい。ほら」
 指された方を見ると、今まさにカップルが成立した瞬間だった。みんなあの文字に便乗してるよね、と莉子は笑いながら言った。
 いつの間にか告白スポットと化した木の下には、手を繋いだカップルや玉砕して倒れた男子たちが群がっていた。
 そんなイベントがあったものの、木に記された時刻に何も起こらなかったため、五時半頃には誰もいなくなっていた。楽しそうに見ていた莉子も残念そうに五時過ぎに帰った。
 もうすぐ約束の時間の午後六時になる。手には一番最初に見つけた茶封筒。
 時計塔の照明に照らされつつ、暗い校庭で一人、彼を待った。
 三十分経った。誰も来ない。
 一時間経った。まだ来ない。
 さらに一時間経った。それでも来ない。
「必ずって言ったのに……」
 結局、八時半まで待ったが誰も来なかった。
 次の日も二時間待った。その次の日も、その次の日も。一週間続けた。でも、誰も来なかった。
 これで最後にしよう、そう決めた二十二日の午後六時。日曜日なので、この時間まで活動している部活は少ない。今日は長くは待てないだろうと思ったときだった。
 桜の木の下に一人、立っている。
 木まで走った。そこにいたのは綺麗な女の人だった。その人は悲しそうに掘られた文字をなぞった。
「あの」
 私の声で気が付いたのか、驚いた様子でこちらを見た。
「もしかして、あなたが仁知香ちゃん?」
「そうですけど。あなたは?」
「私は畠田美帆。三鶴の姉よ」
 そう言われると、アルバムで見た三鶴さんにどことなく似ている。
「もしかして、一週間も待っててくれたの?」
 どうやらこの人は事情を知っているようだ。私は無言で頷いた。
「そう。ごめんなさいね、もっと早く気付ければよかった」
「あの、三鶴さんは?」
「……そうね、ずっと待ったんだもん。会わせてあげる」
 そう言って校門まで歩いていった。そのあとについて行くと、門の外に車が停まっていて、助手席に乗るよう勧められた。
「今日はもう遅いから帰りなさい、送るから。明日行きましょ。放課後、また迎えに来るわ」
「分かりました」
 助手席に乗り、家まで送ってもらった。車中では終始無言だった。美帆さんもなにも言わなかった。
 家に着き車を降りた。ドアを閉めるとその窓が開いた。
「明日四時に迎えに行くからね」
「分かりました。今日はありがとうございました」
 車が見えなくなってから家に入った。

***

 放課後、四時ぴったりに美帆さんが来た。昨日と同じく助手席に乗った。
「少し遠いけど、また送るから安心してね」
「はい」
 私がシートベルトを締めてすぐ、車が動き出した。鞄から茶封筒を取り出し、制服のポケットに入れた。
 高速道路に入った頃だ。美帆さんが口を開いた。
「仁知香ちゃんはどうやって三鶴と知り合ったの?」
「手紙です。たまたま見つけたタイムカプセルに入っていました。その手紙を読んで、預かり物をしました」
「タイムカプセルねぇ……。でも、文通してた時ってあなたはまだ小学生じゃない?」
 美帆さんは知らないのだ。三鶴さんはあの缶のことを教えてないらしい。
「いえ、タイムカプセルを見つけたのが学校の部室で、私が文通していたのは先々週です」
「えっ?」
 美帆さんはとても驚いた。
「信じてもらえるかは分からないですけど、手紙でやり取りしていたのは、八年前の三鶴さんと今の私なんです。文通のきっかけは、最初に見つけた手紙に私が返事を書いたことでした。誰かが見つけてくれることを信じてタイムカプセルに入れました。その日の帰りに何かを感じたので、缶の蓋を開けました。二通目の手紙が入っていました」
 美帆さんは黙って聞いてくれた。
「変な内容の手紙でした。差出人は畠田三鶴。彼が八年前に卒業していたことを先生に聞きました。とても驚きましたが、逆に納得しました。最後の手紙は桜の木での待ち合わせの約束でした」
 目に涙が溜まる。
「預けた物を取りに必ず来ると書いてありました。でも、三十分待っても来ない。一時間待っても来ない。三日待っても、一週間待っても来なかった。会えるのを楽しみに待ってたのに…………」
 堪えきれなかった涙が頬を伝う。美帆さんがそっと私の頭を撫でた。
「ごめんね、つらい思いをさせて……。もうすぐ三鶴に会えるから」
 俯いていた顔を上げると、そこは公園のような場所だった。
 車から降り、花束を抱えた美帆さんのあとについていった。
「あ……」
 ここは、……墓地だ。
 案内されたのは畠田家の墓だった。
「ここに、三鶴がいる」
 美帆さんが墓石の前に花束を供えた。
「あなたには、三鶴が来ると信じて待ち続けることよりも、ずっとつらいことを教えてしまったのかもしれない。でも昨日、あなたと会って会わせてあげたくなった。あなたのためにも、三鶴のためにも……」
「え……?」
 美帆さんは墓石をそっと撫でながら続けた。
「もしかして三鶴が預けた物って指輪だったんじゃない?」
「はい。……これです」
 茶封筒から指輪を取り出し、美帆さんに見せた。
「やっぱりね。それはね、母の形見なの。ちょうどあなたたちが文通し始めた頃、母が亡くなったの。三鶴に自分の結婚指輪を渡してそのまま眠るようにね。三鶴はその指輪を見る度に泣いてた。だから、タイムカプセルに入れたのね……。あの子、マザコンだったから」
 手紙に残った涙の跡が、こんなに悲しいものだったなんて思わなかった。
 しばらくの沈黙のあと、美帆さんは続けた。
「……事故、だったの。半年前よ。逆走してきた車と正面衝突だった。車は二台ともペシャンコ。相手の運転手も亡くなったわ。向こうが悪くても、一方的に責めることはできなかった。家族を亡くしたのは同じだもの……」
 美帆さんの頬に涙が流れた。
「あなたと三鶴の手紙を見つけたのは昨日の朝よ。三鶴の部屋を掃除していたときに見つけたの。三鶴の手帳に大事そうに挟まってたわ。それから、部屋のカレンダーの二月十四日に赤い大きなはなまるが付いていたの。それから、『東高校 桜の木 午後六時』って」
「えっ……」
 正面に立った美帆さんは、私のことを抱きしめた。
「三鶴はね、きっとあなたのことが好きだったの」
「うそ……!」
「裏に『待ってます。』って書かれたカード、あれが最後の手紙でしょ?」
 私は頷いた。
「あれの表には、あなたが言ったような預けた物を取りに行く、なんてことは一言も書いてなかったわ」
 よく思い出してみると、確かに書かれていなかった。
「『必ず会いに行きます。』この言葉こそ、あの子の素直な気持ちなのよ」
 美帆さんの言葉で、止まっていた涙が再びこぼれ落ちた。
「仁知香ちゃんはどう思ってる?」
 そんなのは、もう分かりきったことだ。
 彼のために指輪を預かった。
 彼とのやりとりは周りが見えなくなるほど楽しかった。
 彼のことを、いつまでも待ち続けた。
 こんな関係が始まった頃から、私は──。


「私は、畠田三鶴が好きです」


 ──恋に落ちていたのだ。

***

 これは、小さな恋の物語。
 私の忘れられない、初恋の話。