メンタルコーチ志渡聡子について | 「がんばっているのに、なんか中途半端」な人を成功までナビゲート
メンタルコーチ志渡聡子について

【自分の存在価値を自問自答し続けた子ども時代】

ずっと家族になじめていない感じがありました。
ある日の母からの何気ない
「あなたはいらなかった」という言葉に傷つき
家の中での違和感の謎がすべて解けた気がしました。
その日以降、消えてしまうことも一人で生きていくこともできず
どうしたらいいか分かりませんでした。

家族に受け入れてもらうためには、母の思う「良い子」でなければならない。

笑ったり泣いたり、素直な自分の感情を表に出せなくなりました。

【周りの人に支えられていたことを知った結婚】

そんな少女時代をすごしていましたが
大人になり、結婚することになりました。

出席してくださった方が心地よい時間を過ごせるように
おいしいお食事をして楽しんでもらいたくて、老舗の料亭での披露宴。

お互いの両親に、これから夫婦で楽しんで暮らしてもらえるように企画。
夫の父は母親に自作の湯飲みをプレゼント。
当時、習っていた陶芸教室で一緒に作りました。
私の両親には、母から譲り受けた指輪の土台を使って、
父から母へリングをプレゼント。

あたたかい披露宴でした。

結婚式の準備をしていくなかで
夫の実家のことなど、母に聞いてもらえるかドキドキしながら相談すると
いつも味方になってくれました。
こういったことの中で、こんな風に話してもいいんだ、こんな風に甘えてもいいんだ、と少しずつ思えるようになっていきました。

最初に就職した会社がきつくてつらかったとき
仕事を辞めたときも
受け入れてくれたことも思い出しました。

【人生の転機となったコーチングとの出会い】

24歳の時、新聞に載っていた、本当に小さい吉本興業に関する記事を見つけました。
コーチングを受ければ、今の自分と違う自分になれるかもしれないと希望がもてました。

その時には足を踏み出すことができなかったけれど、ずっと頭の片隅にはありました。

子どもを産んでからが辛い日々でした。
出産時の事故で2カ月ほど寝たきりの状態でした。
その上に思い通りにならない息子。
昼夜逆転の中で身も心もすさんでいきました。

夫は仕事ばかり。
息子は男の子で跡継ぎ。
「ちゃんと育てなければならない」というプレッシャーが自分の中にありました。

自分をまず立て直さなくては、とコーチングを受けることに。
再就職をするときの強みにもしたいという思いもありました。

気付いたら、今まですぐあきらめていた(器用じゃないし、頭もよくないし)が、「何かできることないかな?」と考えられるようになっていました。

行動力が格段に上がりました。
「~ねばならない」という思いが強く
常に人の話を聴きながら
良い悪いの判断をしていたけれど、そういう評価をしなくなりました。
ママ友から相談されると違う視点でアドバイスできるようになりました。
「自分はいなくてもいいんじゃないか」という感覚が薄れ、
「ただ存在する」という感覚になりました。
周りに影響されなくなりました。
自分の居場所かどうか?ということを考えなくなりました。

さらに
私を「ありのままで良いよ」と言ってくれるコーチの仲間たちとの出会いが
私の心を柔らかくしていきました。

【誰もが自分の能力を活かし幸せになる社会へ】
人と関わることを無意識にさけていました。
良い子でいなければならないことに疲れていました。

夫と結婚したり、子どもが生れたり、コーチングを学んで人と関わることによって、
良い子でない自分でもいい、と思えるようになりました。

そんな経験から

○○でなければ愛されない
存在価値がない
自分への満足感が得られなくてしんどい
肩の力を抜いて生きることができない人、を救ってあげたい。

自然体でいることができたら
もっとパフォーマンスも上がるし、もっと活躍できるはず。
そうなれば自分も他人も幸せに、もっと世界中に幸せな人が増えるはず。
理想の自分でなければ愛されないと頑張っている方へ
あなたのままで大丈夫だと伝えてあげたい。

そんな思いでコーチとして仕事をさせていただいています。